2017年12月11日月曜日

お金がないからこそ公共事業を!/藤井 聡『超インフラ論 地方が甦る「四大交流圏」構想』

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『超インフラ論
地方が甦る「四大交流圏」構想』

藤井 聡

内容(e-honより)
「日本は道路王国で、もう高速道路なんて必要ない」「公共事業は、国の『借金』を膨らませるだけで、税金の無駄使いだ」。こんな言説をよく耳にする。しかし、それは全くの「デマ」に過ぎない。じつは日本は、先進諸外国に比してはるかに「インフラ後進国」であり、さらに、インフラ投資は地方を甦らせる最短の道なのである。今こそ、これまでの常識を「超」えて、景気停滞や人口減少を解決するための「超インフラ論」を力強く推し進めていかなければならない―。「大阪都構想」反対派急先鋒として注目を集めた著者による、渾身の最新刊。

社会工学を専門とする学者による、インフラ論。
この人、大阪都構想に反対していることもあって橋下徹とすごく仲が悪い。ちょうどこないだ橋下徹・元大阪市長の講演を聴く機会があったのだけれど、橋下氏は「あの京大の藤井っていうクソヤローが……」と悪口をまき散らしていた。
でもその公演の中で橋下氏はインフラ(鉄道、高速道路)の重要性を語っていて、一方で藤井聡氏もこの本の中でインフラ整備がいかに重要かをくりかえし書いている。犬猿の仲なのに主張の内容は同じなんだなあ、と笑ってしまった。方向性が近いからこそ敵対するのかな。


著者の主張はわりとシンプルだ。「高速道路や新幹線といった交通インフラを整備することで雇用は増え、社会資本は増え、経済は活性化する」と。

 我が国はインフラ先進国ならぬ、インフラ後進国と言わざるを得ない状況にある。
 しかも、自然災害の危機は、諸外国では考えられぬほどに深刻だった。普通に考えれば、インフラ政策費は増やしこそすれ、削減するなど、ありえないのではないかと言うところである。折しも我が国よりもより高いインフラを抱えている諸外国は、インフラ政策費を増やし続けているのである。それを踏まえるなら、彼らよりもより速いスピードで、インフラ政策費を増やしてもいいくらいなのだ。
 さらに付け加えるなら、高度成長期に大量につくられ始めたインフラは一挙に老朽化し、そのための維持更新費用もさらに必要とされている。だから、この一点だけをとってみても、インフラ政策費を増やさなければ、どうにも対応できなくなることは明白なのだ。
 こうした状況があるにもかかわらず、我が国は、インフラ政策費を「半分以下」にまで、過激に削減し続けているのである。
 このままでは、我が国の後進国化に、さらなる拍車がかかることは決定的だ。
 欧米と日本の格差は、さらに拡大していくことだろう。一方、かつては後進国と言われた中国は、想像を絶するほどのスピードでインフラを整備し続けている。そうした国々からも抜き去られ、近い将来、彼らの後塵を拝するようになっていくことは間違いない。

今の日本は「お金がないから」といって将来への投資をどんどん減らしている。本来なら、お金がないからこそインフラへの投資を増やしていかなければならないのに。

さらに「交通インフラが整備されれば東京への一極集中化も軽減され、災害リスクを減らすことにもなり、一極集中が緩和されれば国民の生活の質は上がり少子化にもブレーキがかかる」とも主張している。

 もちろん、グローバル化が進展する過激な国際競争に打ち勝つためには、都市に集中させることが必要なのだ──という意見がある。
 しかし、それは完全なるデマだ。
 そもそも、先進諸外国の中で、日本ほど首都にあらゆるものを集中させた国家はない(前掲の図6─1参照)。それにもかかわらず、我が国の過去十年、二十年間の経済成長率は、先進国中、文字通りの「最下位」だ。一方で、大きく力強い成長を続けるアメリカもドイツも一極集中どころか、それとは真逆に、主要都市の人口比は、年々低下しているのが実態だ。
 つまり、東京一極集中、太平洋ベルト集中構造を維持し続けなければならない合理的な理由なぞそもそも存在しない。あるとするならそれは、東京や太平洋ベルト地域の人々の「地域エゴ」くらいなのではないか。国益の視点から言えば、明らかにそのデメリットがメリットを上回っている。だからそれらの集中の解消は、今日の日本国家の最重要課題の一つであるのは明白なのだ。

通信機器の貧弱だった時代ならともかく、少なくとも情報通信の面においては物理的な距離の持つ意味合いが小さくなっているわけで、居住区やビジネスの拠点はもっと分散したほうがいいよね。

でも、今の日本で「もっと道路を! もっと鉄道を! 公共事業を!」と主張すると、「もう十分道路も鉄道もあるじゃないか」「利権を守りたいだけでしょ」っという話になってしまう。
ということで、日本がいかに他の先進国に比べて社会インフラの整備が遅れているか、インフラを充実させることでどれだけのプラスになるかということを、手を変え品を変えながら主張している。
論理はいたって明快で、少々強引なところはあるけど説得力がある。頭のいい人なんだろうなあ。



インフラ整備の重要性は納得できる。
ぼくも昔は「道路なんかもういらないだろ! 環境破壊になるし税金の無駄遣いだ!」と思っていた。でも大学に入って『公共政策論』という講義を聴いて、考えが変わった。
一兆円の減税は国民に一兆円のお金しかもたらさない(しかもそのお金は元々国民から出ているものだ)。でも一兆円の公共事業をやれば、賃金という形で国民に一兆円を渡すことができるうえに一兆円分の財を作ることができる。さらにそうやってつくった道路や橋を使って、より効率的な経済活動ができるようになる。
労働力は溜めておいて後でまとめて使うことができないのだから、特に不況期においては引き締めをするのではなくじゃんじゃん公共事業をおこなって市場にお金を回したほうがいい。
というのが『公共政策論』でぼくが教わったことだ。なるほどーな、と感心した。
おまけに公共事業をやれば労働者にまっさきにお金が回るわけだから、労働していない資産家→労働者という資産の再配分のためにも有効だ。不況だから還付金、というのがもっとも愚策だ(なんたって働いている世帯からまきあげて働いていない世帯にまわすのだから)。それ以来、減税だの還付金だの言う政治家をまったく信用していない。

公共事業が嫌われるのは、
・無駄なことに金を使う
・お金の流れが不正(特定の事業者が有利になる)
からであって、公共事業自体が悪いわけではない。悪い医者や誤った医療があるからといって「医療行為なんてものはいらない!」とならないのと同じように。

ふるさと創生事業(→Wikipedia)みたいな世紀の愚策が公共事業のイメージを地に落としてしまったんだろうね。地方に金をばらまいちゃだめですよ。



上でも書いた橋下徹氏の講演で、氏は「大阪の経済が停滞しているのは交通インフラが整備されていないからだ。それは府と市が別々に行動していて物事が決まらないからだ」と、大阪都構想の必要性を語っていた。
橋下氏の言うとおり、大阪市営地下鉄と私鉄の連携はすごく悪い。それは大阪市を越えたとたんに「府と市のどっちが金を出すんだ」という話になるために路線を延伸できないからだそうだ。

ぼくはインフラ拡張の主張には納得できるけど、だから大阪都構想だ、という話には賛同できない(数年前の住民投票でも反対に投じた)。
それを大阪でやる、大阪維新がやる、ということに納得できないのだ。
交通インフラを整備するのであれば、話は大阪市や大阪府だけにとどまることじゃない。「なんてみみっちい話をしてるんだ」と思えてしまう。
交通インフラ整備のためには近隣の都道府県、はたまた中四国や北陸・東海など、他地域とも連携しないといけない。他市長や県知事との連携を進め、さらには国を動かす。住民投票よりもそういうことをやるのが先だろうと。堺市長すら説得できない大阪維新にそれができんのかと。
もちろんとんでもなくたいへんなことだろうけど、政治家はそれぐらいの大きな構想を持っていてほしい、そして実行してほしいとぼくは思っている。



こないだNHKの『ブラタモリ』で黒部ダム建設の話をしていた。
着工から完成まで七年かかっているというから、計画段階も含めると十年以上だろう。それが「関西地方で停電が相次いでおり、電力不足を解消するために作られたというから驚きだ。十年後の電力不足解消をめざしてダム建設計画を立てる。なんと先を見据えたビジョンだろう。
2011年の東日本大震災の後、原発停止を受けて都市部が電力不足に陥った。そのとき、「じゃあ電力不足解消のために十年後の完成を目指してダムを造りましょう」と言える政治家がいただろうか(いたとしても国民が許さなかっただろうね)。そういうスケールの大きい話をできる政治家は、今ほとんどいないんじゃないだろうか。

二十年後を見すえた仕事をするのが政治家の仕事だと思う。
たとえば2016年に北海道新幹線が開業したが、北海道新幹線の計画が策定されたのは1972年だ。田中角栄が『日本列島改造論』を打ちだした年。四十年後を見すえた計画にのっとって作られた北海道新幹線は、当時の見通しのとおり、北海道に大きな利益をもたらしている。
はあ。感心してため息しか出ない。

ギザのピラミッドは数十年かかって作られたが、その後四千年以上たっても地域に富をもたらしている。公共事業というものはそういうものだ。
次の選挙に向けて減税だ増税先送りだと主張している政治家に、クフ王のミイラを煎じて飲めと言ってやりたい。そういや江戸時代にはミイラって薬だったらしいね。関係ないか。

社会インフラの整備って数十年スパンで考えないといけない話だから、国家単位でやらなきゃだめだと思うんだよね。地方分権とか言ってる場合じゃないでしょ。だいたい数十年後にその自治体が存続しているかどうかもわからないわけだし。



藤井聡氏の主張は明快であるがゆえに「ちょっと話がうますぎるんじゃないの?」と思えてしまうところもある。そんなにすべてうまくはいかんだろ、と(当然藤井氏はそのへんもわかっててあえて書いてないだけだと思うけど)。

でも「公共事業=悪」ではない、という点だけは深く納得できる。
これ以上日本に道路も線路もいらない、と思っている人にこそ読んでもらいたい一冊。



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