2017年10月17日火曜日

正義は話をややこしくする

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大学1年生のとき、サークルの同級生たちとしゃぶしゃぶを食べた。

ある程度食事も進んだとき、友人Hが言った。

「てめえ肉ばっか食ってんじゃねえよ、おれの食う分がなくなるだろうが。ぶっころすぞ!」

その言葉はKという男に向けられたものだった。

Kが野菜をほとんど食べずに肉ばかり食べていたのを腹に据えかねて、Hが注意したのだ。

Kはべつに自己中心的な人間なわけではなく、ちょっと周囲の反応に無頓着なだけで、だから「肉を食べたい」という欲望そのままに肉ばかり食べていたのだ。

Kは温厚な人間だったので、少しひるんだ様子は見せたものの「ごめん、気を付けるわ」と言って特にいさかいにはいたらなかった。




さて。

ぼくは、Hの発した「てめえ肉ばっか食ってんじゃねえよ、おれの食う分がなくなるだろうが。ぶっころすぞ!」という言葉にしびれていた。

「肉ばっかり食いやがって」という気持ちは、よくわかる。

Hが怒鳴る前からぼくもうっすらと「Kのやつ、肉ばっかり食ってるな」と思っていた。

だがぼくはそれを口には出さなかった。

それはぼくが「ええかっこしい」だったからだ。

「おれの食う分が少なくなるから肉ばっかり食うなよ」と口にするのはあさましいと思い、なんでもないようにふるまっていただけだ。

内心では、Hと同じように「肉ばっかり食うなよ」と思っていたにもかかわらず、細かい人間に思われたくないというプライドがじゃまをして、注意することができなかっただけだ。

あまりにも度を越したら注意したかもしれないが、だとしても「みんなの食う分がなくなるから控えてくれ」と言ったと思う。

「おれの食う分がなくなるだろうが」という物言いはぼくにはできなかっただろう。


だがHはきちんと自分の主張を明確にしたうえで、Kに対して要求をつきつけた。

そしてKは素直にその要求に従い、問題は解決した。




Kのように私益のために直截的な怒りをぶつけられるのは、ある種とても誠実な態度といってもいいのではないだろうか。


人は、公益のためなら相当強気になれる。

「地球環境を汚す二酸化炭素を大量に排出する企業はつぶれろ!」とか「こどもたちの健康を害する喫煙者は出ていけ!」とか、大義名分があれば過激な主張もできてしまう。

だが「おれの嫌いなデザインの服をつくっている企業はつぶれろ!」とか「あたしの飯がまずくなるから喫煙者は出ていけ!」なんてことを、顔や名前を出していう人はほとんどいない。

私利私欲のために強い主張をするのは気が引けるのだ。

それは、立場が強いものが弱いものに言うときでも同じである。

企業の経営者は「会社を大きくするためにみんなもっとがんばろう」とか「必死に働くことが自分のためになるのだ。若いときは休みを削ってでも働いたほうがいい」なんて偉そうなことを言うが、「おれの役員報酬を増やすためにみんなもっとがんばろう」とは言わない。

たぶん本心は後者だと思うのだが、どんな強欲な経営者でもそれを口に出すのは気恥ずかしいのだろう。

おそらく自分自身にも嘘をついて「社会のため」「会社の未来のため」といった、より公共性の高いものを持ちだしてくる。





こうした公共的な道徳を持ちだしてくる態度は、話をややこしくする。

たとえば騒音問題。

「おれがうるさく感じるからやめてくれ」と主張すれば、解決に持っていくことはさほど難しくないのではないだろうか。

「あなたは何デシベルまで許容できますか」と訊いて、だったら夜間は〇デシベル以下に抑えましょう、といった具体的な方策を立てることができる。

だが「みんな迷惑してるんですよ」とか「赤ちゃんが安心して眠れないじゃないですか」なんて公共的な道徳を持ちだしてくると、そうかんたんにはいかなくなる。

「みんなが許容できるデシベル数」は誰にもわからない。「うちはいいけど赤ちゃんのいるお隣はどうでしょう……」なんて言いだしたら、騒音をゼロにしないかぎりは「みんな」が騒音に悩まされる可能性はなくならない。

「世界中の貧しい人たち」だとか「未来を担うこどもたち」だとか「この地球に生きる動物たち」だとか、会ったこともないものを持ちだして主張をはじめると、その問題は永遠に解決されることがない。

だって彼らは実在してないんだもの。実在してないものが納得して許容する日は永遠に来ない。





だからぼくは、私的に怒る人でありたいと思う。

自分の怒りを、自分の要求を、自分のものとして伝える人でありたい。

誰かの怒りを代弁するして正義を主張するのは話をややこしくするだけだ。

「みんなが迷惑するから」ではなく「おれの食う分がなくなるから」肉の食いすぎを注意する人でありたいと思う。



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