2017年9月22日金曜日

読み返したくないぐらいイヤな小説(褒め言葉)/沼田 まほかる『彼女がその名を知らない鳥たち』【読書感想】

このエントリーをはてなブックマークに追加

『彼女がその名を知らない鳥たち』

沼田 まほかる

内容(e-honより)
八年前に別れた黒崎を忘れられない十和子は、淋しさから十五歳上の男・陣治と暮らし始める。下品で、貧相で、地位もお金もない陣治。彼を激しく嫌悪しながらも離れられない十和子。そんな二人の暮らしを刑事の訪問が脅かす。「黒崎が行方不明だ」と知らされた十和子は、陣治が黒崎を殺したのではないかと疑い始めるが…。衝撃の長編ミステリ。

イヤな気持ちになる小説だった。
精神的に安定しているときに読まないと死にたくなるような小説だ。
個人的にはイヤな気持ちになる小説は好きだから楽しめたけど。

 玄関のドアを開くと、十和子の脱いだスリッパの横に、幅広の偏平足に踏みひろげられた薄茶色のスリッパが並んでいるのが目に飛び込んでくる。それはスリッパというより陣治の足そのもののようにそこにある。水虫でめくれた足の皮を、胡坐をかいてちびちび向いている姿が頭をよぎる。靴を脱ぎ、自分のスリッパをつっかけた足先で、薄汚れたスリッパを壁際に蹴り飛ばす。

 ドアが開く前から真っ先に聞こえるのは陣治の咳だ。誰のものでもない陣治の咳。しないでもすませられるのに、咳き込んでみては悦に入っているような、高らかな、それでいてからんだ痰のせで濁った咳。続いてカッとその痰を吐く音。お定まりのワンセット。

こういう不愉快な描写がひたすら続く。読者をイヤな気持ちにさせる描写がうまいねえ。

何がイヤって、事件が起こらないんだよね。
ただイヤな女がイヤな男とイヤな感情をぶつけあいながら暮らしていて、イヤな男に利用されて捨てられたことを回想し、イヤな姉からイヤな説教をされて、新たにイヤな男と出会って騙されながら不倫をする様が延々と描写されている。
事件らしきものといえば、「昔の恋人が行方不明になったらしい」という話を耳にするだけ。
いつまでも打破される兆しのない不快感。長雨のような陰鬱な気分になってくる。


『彼女がその名を知らない鳥たち』の登場人物はすべてがクズだ。

とはいえ「後でややこしくなるとわかっててもその場しのぎの適当なことを言う」とか「自分ができていないことでも年下の人には偉そうに言いたい」なんてのはぼくの中にもある気質だから、「こいつらほんとサイテーだな」という言葉がふっと気づくと自分にも返ってきてしまい、自分の吐いた唾で顔を濡らすことになる。
自分にもあるイヤな部分を目にして、さらにイヤな気持ちになる。

話の9割が進んだあたりから急速に過去の謎が明らかになり、多少救いのあるエンディングが用意されているのだが、「よかったね」1割、「それはそれできつい真実だな」9割で、最後までイヤな気持ちにさせてくれる。



”イヤミス” と呼ばれるジャンルがある。イヤな気持ちになるミステリ、読後感の悪いミステリだ。

まあミステリ小説には犯罪がつきものだから(中には犯罪が起こらない「日常の謎」系ミステリもあるけど)、罪のない人が殺されたり、性悪でない人がなんらかの事情で殺人を起こさざるを得なかったりと、ある程度は後味がよくないのがふつうだ。スカッとさわやか! な読後感のミステリ小説のほうがむしろめずらしい。

とはいえ、ミステリにはいくつか基本の”型”がある。型から大きく逸脱したものは特にすっきりしない。
『ハサミ男』みたいに犯人が××××するパターンや、『悪の経典』のように犯人が捕まるけど××××するパターンは(ネタバレのため伏字)、読んだ後ももやっとした思いが残った。どっちもすごくおもしろかったけど。


湊かなえ・真梨幸子・沼田まほかるの3人が「イヤミスの女王」と呼ばれているらしい。

ぼくは湊かなえに関しては『告白』含めて3冊ほど読んだけどそこまで不愉快には思わなかった。これぐらいは不快な描写も書いたほうがミステリとして説得力があるよね、という許容範囲内だった。

真梨幸子は『殺人鬼フジコの衝動』『インタビュー・イン・セル 殺人鬼フジコの真実』を読んだけど、これはすごくイヤな気持ちになった。
とはいえ、イヤな人間が書かれていてその人間描写が嫌だっただけで、シンプルにミステリ小説として見るならむしろ出来はそんなに良くなかった。
ミステリ小説にこだわらずにただイヤな女のイヤな一生を描けばいいのに。桐野夏生『グロテスク』のように。『グロテスク』も殺人事件を扱っているけど、事件はあくまで悪意を描くための手段でしかなかった。ひたすら悪意を描くことに軸足が置かれていて、あれはとことん不愉快な小説だったなあ(褒め言葉ね)。

沼田まほかる『彼女がその名を知らない鳥たち』に関しては、息苦しくなるような不快感があるし、かつその不快さもミステリ小説として必然性がある(××が徹底的に不愉快な人間として描かれているからこそ、真相が明らかになったときにそのギャップで「すげー愛情!」と思える)。

イヤさとミステリの両方が必然性を持っていて、これぞイヤミス! と思える小説だったよ。
某所のレビューで「真相が明らかになった後もう一度読み返しました!」ってなことが書かれていたけど、ぼくはもう読み返したくない! それぐらいイヤなミステリだった。



 その他の読書感想文はこちら


このエントリーをはてなブックマークに追加

0 件のコメント:

コメントを投稿