2015年11月17日火曜日

【エッセイ】無神経な父

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 ぼくの父親はほんとに無神経な人だ。

 プレゼントをもらったときに
「同じやつこないだ買ったばっかりなんですよ」
って言っちゃう。
「うちの家ほんとに田舎で……」と謙遜する相手に対して、
「あーたしかに、あのへんほんとになんにもないですよね!」
と言ったこともある。
 悪気がないのが余計にたちが悪い。

 無神経な発言をしては、母にたしなめられるのが常だ。



 ぼくが小学生のときのこと。
「わらじを作る」という授業があった。
 紐を編んで、わらじを作る。まずは自分ひとりで一足作り、残り一足は授業参観の日に保護者と一緒に作るという予定だった。

 前半のわらじ作りの日。悪ガキだったぼくは、悪友Sと一緒に紐で指を縛ったり、紐を切って投げたりと、ぜんぜんまじめにわらじを編まなかった。
 ふと気がつけば、他の子たちのわらじ作りは着々と進んでいる。すでに一足完成させた子もいる。

やばいな。おれらもそろそろやるか。
あれ。
けっこう難しいな。ちゃんと説明聞いてなかったからな。
まずい、このままだとおれとSだけまったくできていないじゃん。

……ふと隣を見ると、Sはすごい勢いでわらじを編みあげてゆく。
 しまった、こいつめちゃくちゃ器用なんだった!
 そして無情にもチャイムが鳴り、前半のわらじ作りが終わった。
 周りを見渡してみると、どんなに遅い子でも4割は完成している。ぼくだけだ、1割もできていないのは。


 その日から1週間、ぼくはずっと憂鬱だった。
 わらじができていないことはべつにかまわない。自業自得だ。
 問題は、ぼくだけがぜんぜんできていないこの状況を、授業参観でやってきた母が見たとき、何と思われるかだった。

 母は怒るだろうか。
 いや、それならまだマシだ。
 母はきっと怒らない。きっと深いため息をつくだろう。そして悲しそうな顔を見せるにちがいない。
 己のばかな行為で母親を悲しませる。ほんとに気が滅入る話だ。
 まじめにわらじを作らなかったことを心底後悔した。


 そして授業参観当日。
 意外にも、学校に来たのは母ではなく父だった。
 ぼくの父は仕事大好き人間なので授業参観のようなイベントに来るのは決まって母親だった。 母に用事があって代わりに休みをとったのだろう。父が参観日に来たのは後にも先にもこのときだけだった。

「それでは、おうちの人と一緒にわらじ作りの続きをしましょう」
 担任が言い、みんなはロッカーに作りかけのわらじを取りに走った。ぼくだけが重たい足どりで、1割もできていないわらじを取りに行った。
 
 父は、戻ってきたぼくが手にしている、ちっともできていないわらじ(というかほとんどただの紐)を見た。それから周囲を見渡して、他の子の作品と見比べた。自分の息子だけがダントツで見劣りしていることは明らかだった。

 父は、笑った。

 それはもう、大笑いだった。
「はっはっは! おまえだけぜんぜんできてないじゃないかー!」
 ぼくのできそこないのわらじを指さして爆笑していた。 

 てっきり、母がいたらそうしたであろうと同じように、悲しむか怒るかだと思っていた。ところが予想に反して父が大笑いしたので、ぼくはびっくりして、そして照れ笑いを浮かべた。

「おまえだけだぞ、こんなにひどいのは。なんだこれ。わらじの形にもなってないじゃないか! はっはっは!」

「ははっ。ずっと遊んでたからね」

「ほんとおまえはダメだなー!」

 もし母がこの場にいたら、「そんなこと言わないの!」と父をきつくたしなめていたことだろう。
 だが父はちっともぼくに対して気を遣わなかった。
 そして「ぜんぜんできてないけどしょうがない、一からわらじつくるかー」と言ってぼくと一緒にわらじを完成させた。

 ぼくは、このときの父の無神経さに心から救われた。
 作ったものをばかにされて、嘲笑されて、おまえはダメだと言われたことで、1週間憂鬱だった気持ちがすっと晴れた。


 同情よりも無神経にばかにするほうが、よっぽど相手を楽にすることもあるということをぼくはそのとき学んだ。


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