佐々木 一寿 『経済学的にありえない。』
なんか「売れる本」っぽいタイトル。
タイトルはいいんだけどね。内容は、さほど難しいことを書いているわけではないのに、話があっちこっちにいってわかりにくい。
紹介文に「いまの経済学のエッセンスをやさしく紹介」と書かれているとおり、ほんとにエッセンスの紹介だけ。
でもいろんな経済学の本のエッセンスをまとめただけあって、パーツだけで見るとけっこうおもしろい。
たとえば、プロスペクト理論とギャンブルについて書かれた章。
プロスペクト理論ってのは、
一般的に、人は利得よりも損失のほうを大きく見積もる。
そして、利得も損失も、0に近いときは強く感じるが、絶対値が大きくなるにつれて感じ方は漸減してゆく
という理論。
要するに、1万円得するよりも1万円損したときのほうが強く印象に残り、
0からマイナス1万円になったときに比べると、マイナス1万円からマイナス2万円になったときにはショックを感じないということ。
1万円負けたギャンブラーにしてみると、再挑戦して「さらに1万円負けるかも」という恐怖心より、「0に戻れるかもしれない」という期待のほうがずっと大きくなってしまう。
そしてトータル2万円負けたら、もう1万円負けることのダメージはさらに薄まる。
こうして、負けのこんだギャンブラーはどんどん深入りしてしまう。
こういう心情の変化を理解していると、ギャンブルで深入りして大損することは減るかもしれないね。
まあぼくはギャンブルをやらないので関係ないけど。
と思っていたら……。
たしかに物事がうまくいってないときって、坂を転げていくようにどんどん悪くなっていくよな……。
10の失敗をしたら、1ずつコツコツと返していけばいいのに、一気に10を返済しようとしてしまうんですよね。
そして成功率の低い方法に賭けて、また失敗する……。よくある話だね。
そういや男女関係においても、別れたいと言われた側が別れたくない一心で醜態をさらす――なんて話をよく聞くよね。
あれも、マイナスをコツコツ返すよりも、ストーカー行為のような(客観的に見れば)成功確率の低そうな一発逆転方式に賭けてしまった結果なんだろうね。
悪い状況から抜け出すのが難しい要因のひとつとして、イケア効果というものも紹介されている。
イケア効果ってのは家具ブランドのIKEAから来ている言葉だそうで、「手間をかけたものほど大事に感じる」ってのが由来なんだとか。IKEAの家具は自分で組み立てるからね。なるほど。
市販のカレールーに隠し味を入れるとおいしくなる、ってのもたいていの場合はイケア効果によるものなんだそうだ。
自分がひと工夫したから、よりおいしく感じるってわけだね。
たしかに隠し味をくわえた本人からすると「カレーにコーヒーを入れるとぐっとコクが出るのよ」と思うけど、知らずに食べた他人にはまったくわからないもんね。他人にはイケア効果がはたらかないからね。
人間、自分が苦労したものはかんたんに捨てられない。
仕事においても、客観的にみると「そのプロジェクト、利益も生んでないしこれから先劇的に良くなる展望もないから早く撤退したらいいのに」と思うことがよくあるよね。
でもプロジェクトのまっただ中にいる当事者は、それがなかなかわからないんですよね。
「もうちょっとがんばれば良くなるはず」と思って、大きな労力をかけてしまう。
そして労力をかけたからこそ、ますます愛着を感じて撤退できなくなってしまう……。
よくある話だよね。ビジネスでもオリンピック運営でも。
傍から見てると「悪あがきしてないでさっさとあきらめればいいのに」とおもえるんだけど、当人にはわからないんだよなあ。
仕事でもゲームでもコレクションでも恋愛でも、後で冷静に考えたら「なんであんなことに心血を注いでたんだろう」と思うことでも、いざ渦中にいるとなかなか撤退できない。
逆に、ソーシャルゲームの開発者なんかはこうした効果をよく知っていて、とにかくある程度の時間をゲームに使ってもらおうとする。
1分しかやっていない無料ゲームを辞めることはかんたんでも、多くの時間とお金を投じたゲームアプリをアンインストールするのはかんたんなことじゃないもんね。
イケア効果を知っていると、消費者としても販売者としてもいろいろと有効利用できそう。
経済学の本だけど、心理学の本として読んだほうがおもしろいかも。
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