【読書感想文】高野 秀行『世にも奇妙なマラソン大会』

世にも奇妙なマラソン大会

高野 秀行

内容(「BOOK」データベースより)
サハラ砂漠でマラソン!?ある深夜、ネットでサハラ・マラソンなるサイトを見つけた著者。酔った勢いで主催者に参加希望のメールを送ったところ、あっさりと参加を認める返信がきた。開催まではたった二週間あまり。15キロ以上は走ったこともないランニング初心者の闘いがいま始まる―。表題作のほか、「謎のペルシア商人」など著者の“間違う力”が炸裂する超絶ノンフィクション作品集。

いつもながらの高野秀行のノンフィクション。そしていつもながらにおもしろい。
表題作は、最長10kmしか走ったことがない著者が、フルマラソン、それも世界一過酷ともいわれるサハラ砂漠を走るマラソン大会に参加してしまう(それも酔った勢いで!)という話。

マラソンの顛末はぜひ本書を読んでいただきたいが、マラソン大会がはじまるまでの西サハラの描写もおもしろい。
ほとんどの人は西サハラという地域のことを知らないだろう(もちろんぼくも知らなかった)、何十年もの間、独立をめぐってモロッコ王国と戦い続けている地域なんだって(国連からは国として認められていない)。

イスラム教地域でありながら、他のイスラム教国とは大きく風習の違う西サハラ。
高野氏はこんなふうに分析している。

 ところが、この西サハラのキャンプでは、家で客をもてなすのが女性の役目のようなのだ。メチュ以外にも常時、二人か三人の女性(おそらくメチュの家族か親戚)が私たちの部屋におり、お喋りに興じたり、ときには横になって寝ている。外国人の男しかいない空間でムスリムの女性が昼寝をするなんて、ふつうでは考えられない。もしこれがサウジアラビアやパキスタンなら、その女性も私たちも即射殺されている。
(中略)
 この極端な女性中心の生活は、戦争から来たものではないかと私は推測した。私は今まで訪れたイスラム圏のうち、ここにいちばん似ていると思うのは旧ソマリア内の独立国ソマリランドだ。ここほどではないが、あそこも女性が自由を謳歌しており、店を営んだり、男たちと平気で喋ったりしていた。そして、ソマリランドの女性が「解放」されている最大の理由は内戦が長くつづいたからだという。
 ソマリランドでは旧ソマリアから分離独立を目指すゲリラ活動がつづいていたのだが、戦争になると当然男は兵士として前線に赴いて家に不在がちになる。誰か来客があれば女性が対応しなければならない。買い物でもなんでも(イスラム圏では買い物も市場で品物を売るのも基本的に男の仕事)しなければならない。外出もする必要にかられる。
 さらに、男が戦っている間、女性が細かい商売をして生活費を稼いだり、近所の人たちと物資補給のネットワークを作ったりした。怪我をした男たちが前線から戻ってくると看護するのは女性だし、ときには軍事的な使者を女性が行うこともあった。女性のほうが敵に見咎められにくいからだ。
 そうしてソマリランドでは、あくまで結果的にだが、女性の地位が向上したと言われている。ここ西サハラの難民キャンプでも同じ現象が起きて不思議はない。

そういえば日本でも、太平洋戦争後期は男手が足りなくなって、女性が中心となって防災や防犯のネットワークがつくられたと聞く。
戦後に女性の社会進出が進んだのは、単にアメリカ文化が入ってきただけではなく、戦争中の男手不足も要因だったのかもしれない。

戦争が長期化すると女の地位が向上する、というのは世界共通なんだろうね。



その他、
ブルガリアでゲイのおっさんの家にたったひとりで泊まることになり、おっさんとの攻防を経て己の意外な心境に気づく『ブルガリアの岩と薔薇』、
なぜか次々に女性が旅人に抱かれにくる村や怪しいペルシア絨毯商人の謎めいた話を収録した『謎のペルシア商人ーーーーアジア・アフリカ奇譚集』など、
どれをとってもおもしろい。

中でも白眉だったのが『名前変更物語』。
過去にインドに密入国をしたことがあるせいでインドへの入国ブラックリストに載っている著者が、幻の怪魚をさがしにインドに行きたいがために、名前を変更して別名義のパスポートをつくろうと東奔西走する話。

「インドに密入国」「幻の怪魚をさがしに」「名前を変更」
どれをとっても常人のやることではない!

世の中にはときどきこういう冒険という悪魔に魂を捧げたような人がいる。
傍で見ているぶんにはすこぶるおもしろいんですが、家族はたいへんだろうなあ。

高野氏は、名前を変えるためにあの手この手を弄する。
誰かの養子になることや、妻と離婚してからすぐに再婚して妻の苗字を名乗ることを画策するも、諸事情により断念。
そこでインド当局を欺くために考えたのが、日本人にしか使えない意外な方法で......。

これ以上はネタバレになるので避けるけど、いやあほんとばか。
おもしろいエッセイというのは、だいてい「なにやってんだこいつ」と読者があきれる文章だと思うのだが、この作品は見事にその条件を満たしている。

くだらなくておもしろいノンフィクションを読みたい人には、自信をもっておすすめできる一冊。


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