2017年7月20日木曜日

自殺者の遺書のような私小説/ツチヤタカユキ 『笑いのカイブツ』【読書感想】

ツチヤタカユキ 『笑いのカイブツ』

内容(「e-hon」より)
人間の価値は人間からはみ出した回数で決まる。僕が人間であることをはみ出したのは、それが初めてだった。僕が人間をはみ出した瞬間、笑いのカイブツが生まれた時―他を圧倒する質と量、そして“人間関係不得意”で知られる伝説のハガキ職人・ツチヤタカユキ、27歳、童貞、無職。その熱狂的な道行きが、いま紐解かれる。「ケータイ大喜利」でレジェンドの称号を獲得。「オールナイトニッポン」「伊集院光 深夜の馬鹿力」「バカサイ」「ファミ通」「週刊少年ジャンプ」など数々の雑誌やラジオで、圧倒的な採用回数を誇るようになるが―。伝説のハガキ職人による青春私小説。

「笑いに生きた」「笑いに人生を捧げた」なんて言葉があるけど、この本を読んでしまったらもうその表現は使えない。なぜなら、これほどまで笑いに生きた、いや笑いに狂った人間は他にいないだろうから。

「こんなところで止まってたまるか!」と思った。僕はもっと、加速したかった。21歳で死ぬつもりで生きていた。次第にアルバイトという行為は、時間の空費だと感じるようになった。すべての時間を大喜利に費やしたいと思うようになった。
 ある夏の暑い日、給料を受け取るとそのままバイトを辞めた。
 僕は実家にいながら無職になった。
 母の冷たい視線をまるっきり無視し、起きている時間を大喜利に費やせる状況になった僕は、一日に出すボケ数のノルマを1000個から2000個に増やした。
 朝から晩までクーラーのない部屋で、裸で机にかじりついて、自分でお題を考えて自分で答え続けていた。ノート一冊を一日で使い切るくらい大喜利をした。
 とにかく、もっともっと加速したかった。誰よりも速く、濃く、生きたい。光の速さで生きて、一瞬で消えていきたかった。
 だけど、そんな気持ちとは裏腹に、いつもボケが1500個を超えたあたりで、誰かに殴られているみたいに、頭がガンガンして、死にたい気分になった。加速したい気持ちに、脳と身体が全然ついてこれていなかった。
 それでも毎日、ノルマの2000個に到達するまで、僕は絶対に、全力疾走をやめなかった。


イカれてるなあ。
誰に強制されたわけでもないのに、誰に賞賛されるわけでもないのに、ひたすら大喜利のボケを考えつづける。自分にノルマを課し、起きている時間のすべてを大喜利に費やし、寝る時間も削り、食べるものも減らし(「バイトする時間があれば大喜利のボケを〇個考えられるから」というのがその理由)、ひたすら大喜利に没頭する。ラジオ番組で採用されるための傾向を探り、戦略を立てる。大喜利の素材をインプットするために次々と本を
読む。
彼にとっては趣味でもなければ努力でもない。「やらなければ死ぬ」呼吸のようなものだ。
どえらい人間だ。ここまで何かに打ち込める人間は、まずいないだろうね。テレビや舞台で活躍しているどの芸人よりも真摯に笑いに向き合っているはずだ。

で、誰よりもお笑いに打ちこんできたツチヤタカユキ氏がお笑いの世界で成功を収めるのかというと、そうではない。構成作家や漫才作家として何度もチャンスを横目に見ながら、挫折をくりかえす。
それは、お笑い以外のことがまったくできないから。


「お笑いと関係あらへんサラリーマンみたいなことやっとるだけや」
「おまえもやったらええやん」
「できんからこうなっとんのじゃ。お笑いの世界やのに、売れるのに、お笑いの能力関係ないって時点でな、オレの構成作家としての敗北は決定してん。それ以来な、なんかな、本気でお笑いやっとることが、アホらしくて、しょうがなくなってもうてん。オレ、これ何やってんねやろ?って。なんのためにこんな一生懸命やってんねやろ?って。何一つ報われへんのに。誰一人、見てくれてへんのに。でもな、そう思っててもな、どんどん技術とかセンスが上がって、オモロなっていっとんねん。先輩作家に1分しか使わんといたらな、1分でめっちゃええボケ出せるように、進化していきよんねん。それがホンマにむなしいねん。マジで、死にたなるねん。どうせやったら、もうお笑いに関する能力、全部、なくなってくれた方が幸せやわ、こんなんやったら」

お笑いのためならなんでもできるのに、人付き合いや社交辞令がまったくできない。
笑いを追及するために注いでいる情熱の半分、いや1割でも他のところに向けていれば「変わったやつだけどすごいやつ」としてもうちょっと評価されていたんだろうけど、その1割さえも振り分けることができない。
それでも彼の才能を見抜いてチャンスをくれる人もいるのに、彼は自らそのチャンスから逃げてしまう。そして苦しみ、のたうち回る。
10年間そのくりかえし。

努力の方向性が違うのだ。
めちゃくちゃキレのいいフォークボールを投げられるのに、他の変化球は投げられないしキャッチャーのサインは無視するし、守備はからっきし。それなのにフォークボールの練習ばかりしている。そんな感じ。

でも方向性が違うことは周囲にはさんざん言われているし、自分自身でもよくわかっているんだと思う。この人はうだうだ考えているだけじゃなく、ときどき思い切った行動を起こしている。吉本の劇場に飛び込んだり、漫才の台本を書くために東京まで移住したり。きっと自分自身でも「自分を変えなきゃ」という気持ちを持っているのだろう。

それなのに曲げられない。ちょっと迂回すれば壁の向こう側へ行けるのに、ずっと壁にぶちあたってはもがいている。

なんて不器用なんだ。いや狂っている。笑いに対して。





笑いの世界以外にも、「狂人と紙一重」と呼ばれる人は存在する。
ゴッホ、アインシュタイン、ヴェートーベン……。天才と呼ばれる人は、異常なエピソードをいくつも持っているのがあたりまえだ。
それでも彼らはその圧倒的な才能で評価されている(その何百倍もの、評価されなかった「天才と紙一重」の人がいたんだろうけど)。
彼らが評価されているのは、ちゃんと才能を見抜いてくれたり、プロモーターとして売り込んでくれたりする人に恵まれたというのが大きいのだろう。


ツチヤタカユキの不幸は、その圧倒的な才能を「笑い」という、人付き合いとは切っても切りはなせない分野に向けてしまったことにあると思う。
彼がその執念を、文学や絵画や音楽や陶芸に向けていたなら、あるいは超一級の天才として認められていたかもしれない。
なぜならそれらの芸術作品は基本的に作者の人間性とは無縁に評価されるものだから。石川啄木も太宰治もモーツァルトも才能がなければただのクズ野郎だけど、作品は作者の振る舞いとは関係なく(むしろマイナスがプラスになって)今でも燦然と輝いている。

でも「笑い」はきわめて属人的な表現手段だ。
同じことを同じ間で同じ調子で言ったとしても、明石家さんまが言うのとまったく無名のお笑い芸人が言うのとでは笑いの量は変わってくる。
親しい友人の冗談はおもしろく聞こえるし、クラスの人気者はたいしたことを言わなくても笑いがとれる。
表舞台に立つ芸人なら言わずもがなだし、台本を考える裏方だって、挨拶すら返さない愛想のない男が考えた台本は採用されにくいだろう。

そういう世界をリングにして、それでも台本の中身だけで勝負してやると闘いを挑みつづけているツチヤタカユキという男の人生は「そのストロングなスタイルはかっこいいけど、さすがにどっかで折り合いをつけないと死んじまうぞ」と言いたくなる。
ぼくみたいなリングに立ちもしない外野の勝手な意見なんてツチヤタカユキ氏は唾棄するだけだろうけど、やっぱり言わずにはいられない。たぶんもう百回以上も言われてきたんだろうけどね。




『笑いのカイブツ』を読んで、自殺者の遺書ってこんな感じなのかなと思った。読んでいて、鼓膜の奥がわんわんと震えるような魂の咆哮が聞こえた。
「これを書き終えたらこいつ死ぬんじゃないか」ってぐらいの迫力。


今さら彼が要領よく世の中を渡ってゆくことはできないだろうけど、きちんとマネジメントしてくれる人に出会ってくれたらいいなあと切に願う。
彼ほどの才能が埋もれたままであるのは、社会にとっても大きな損失だから。



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2017年7月18日火曜日

ミツユビナマケモノの赤ちゃんを預けられて/黒川 祥子 『誕生日を知らない女の子』【読書感想エッセイ】

内容(「e-hon」より)
ファミリーホーム―虐待を受け保護された子どもたちを、里子として家庭に引き取り、生活を生にする場所。子どもたちは、身体や心に残る虐待の後遺症に苦しみながらも、24時間寄り添ってくれる里親や同じ境遇の子どもと暮らし、笑顔を取り戻していく「育ち直し」の時を生きていた。文庫化に際し、三年後の子どもたちの「今」を追加取材し、大幅加筆。第11回開高健ノンフィクション賞受賞作。

ファミリーホームとは、保護を必要とする子どもを自宅で5~6人受け入れて養育する仕組み。
児童養護施設とはちがって家庭で子どもを育てることができ、複数の人で複数児童の面倒を見るという、施設と里親の中間のような制度だ。

ノンフィクションライターである著者がいくつかのファミリーホームを訪れ、虐待されて保護された子の状況を取材したルポルタージュ。
著者の気迫が伝わってくるようなノンフィクションだった。





ぼくはずっと子どもをほしいと思っていたので、もし自分に子どもができなかったら里親になろうかなと考えて、資料を取り寄せたこともある。
実子が誕生したので今のところ里子を引き取るつもりはないが、この本を読むと里親になるのは、ぼくが考えていたほど甘くかんたんなものじゃないとわかる。
「生い立ちで少々苦労した子でもふつうに育てていれば他の子と同じように成長するはずだ」という考えがいかに浅はかだったか、よく思い知らされた。


虐待を受けた子は発達障害のような状態になることが多いのだという。他の子や里親との協調関係を築くことができず、それどころか育ての親に対して怒りの矛先を向ける子も多い。

 なぜ、あたたかく迎えてくれた人を苦しめるのだろうか。前出のあいち小児・診療科の新井康祥医師はこう話す。
「虐待を受けた子どもたちが抑え込んでいた怒りは、保護されて安心や安全を感じるようになることで、次第に表に出てきます。本来、その怒りは虐待をした親に向けられるべきなのでしょうが、子どもにとってそれは危険極まりないことです。親を攻撃すれば、もっと激しく親を怒らせてしまい、仕返しをされるのがわかっているので、怖くてできない。そして、そのやり場のない怒りは、優しく保護してくれる人たちに向かってしまうのです」

子どもが新しい家庭に慣れ、ためこんでいたものを少しずつ吐きだせるようになると、自分でも制御できない怒りを周囲にぶつけ、ののしったり、ときには刃物で傷つけることもある。
育てている側からすると、信頼されればされるほど怒りを向けられるわけで、なんともやりきれない話だ。
それこそが心に負った傷を癒すために必要な過程なのだ、と部外者なら言えるけど、当事者にしてみれば耐えられないだろう。
自分の子ですら「こっちはがんばって育ててあげてるのに!」と腹立たしく思うことがあるのに、まして血のつながりのない子で、しかも問題行動ばかりを起こす子を育てるなんて並大抵の苦労じゃないだろうな。


何年か前に声優が養子を虐待死させたとして逮捕される事件があった。
それだけ聞くとひどい人だという印象を持つけど、わざわざ養子を引き取っているわけだから愛情を持って育てていたのだろうし、そんな篤志家でも追いつめられてしまうからにはよほどの難しさがあったのだと思う。詳しい事情は知らないけど、部外者が「なんでひどい親だ」と軽々しく言えるようなものではない、ということは想像がつく。

「愛情を向ければ向かうほどこちらに牙をむいてくる子を愛情込めて育てなくちゃいけない」という立場に置かれても、辛抱強く付き合いつづけられるだろうか。
ぜったいに虐待はしません! と断言することは、ぼくにはできない。





『誕生日を知らない女の子』では、かつて虐待を受けていた子が、ファミリーホームに来てからもその"後遺症"に苦しめられる様子が書かれている。

 横山家に来てからも美由ちゃんは夜、何度もうなされた。
「うわーっ、うわーっ、ううー」
 身体の奥からふりしぼるような咆哮に、久美さんは飛び起き、美由ちゃんに駆け寄る。
「みゆちゃん、大丈夫? もう、こわくないからね。大丈夫だよ」
 美由ちゃんを一旦起こし、身体を撫でて「大丈夫、大丈夫」と耳元でやさしく言い聞かせる。身体を抱きしめ、背中を撫でて「もう、大丈夫だからね」と繰り返す。そうしなければならないほど、久美さんの腕の中で美由ちゃんは激しい恐怖におののいていた。あまりに夢が怖いので、眠ることもできない日が続いた。
 朝になって、落ち着いた時にどんな夢なのかを聞いてみた。
「みゆちゃん、怖い夢を見たの?」
「声がするの。お母さんのコワイ声がするの。『おまえなんか、連れてってやる。こんなところで幸せになったらだめだ。おまえなんか、不幸にしてやる。おまえみたいなやつはだめだ。おまえなんか、ぶっ殺す』って……」
 それは、実母の声だった。

このくだりを読んでぞっとした。母親の呪縛とはこんなに強いものかと。

「幼いころに親から受けた愛情はその後の人生において大きな支柱となる」という話をよく聞くし、じっさいそのとおりだと思う。ふだん意識はしないけど、「何があっても母親は自分の味方だろう」と思うし、そういう存在がひとりでもいるのといないのでは世の中の生きづらさはずいぶん変わってくるだろう。大人になってからもその経験はずっと支えになっている。

ということは逆に、幼いころに親からひどい目に遭わされた人は、ずっと苦しみつづけることになるのかもしれない。
新しい養育者がどれだけ愛情いっぱいに育てたとしても、その記憶は上書きされることがないのかもしれない。幼少期の虐待は、刺青のように永遠に消えることがないのではないだろうか。
実母から「おまえを不幸にしてやる」と願われる人生なんて、ぼくには想像もつかない。





もうひとつ衝撃的だったのは、虐待する親のもとに帰ろうとする子どものエピソードだった。

実母からの虐待を受けて育った小学五年生の女の子がファミリーホームに引き取られ、いろいろと苦労もあったが少しずつ家庭や学校でうまくやっていけるようになった。その矢先に、実母から「うちにおいで」と言われた。
実母としては考えなしに言った言葉であり、異父兄弟である弟妹の面倒を見たり家事をしたりする子、つまりは「都合のいい働き手がほしい」と考えての言葉だった。だが、その子は大喜びしてしまった。「お母さんといっしょに暮らせる!」と。
ずっと虐待・育児放棄をしてきた母親であり、その再婚相手は自分の子どもしかかわいがろうとしない男。誰がみたって、母親のもとに戻れば不幸になることは目に見えている。
だが今の制度では、実親が引き取ることを希望した場合、里親やファミリーホームがそれを止めることはできない。たとえどんなに虐待の危険性が高かろうと。

母親から「うちにおいで」と言われた女の子がとった行動は、ファミリーホームや学校で「居場所をなくす」ことだったという。
わざと嫌われるようなことを言ったり、小さい子をいじめたりする。
自らすべてを捨てて「母親のもとに行くしかない」という状況をつくった。

「もう、なんでもいいから帰りたかったんだろうね。福祉司も止めたし、医師も反対だった。でも『奴隷でもいいから、帰りたい。おかあしゃんは女神さまのようにやさしくて、どんな願いもかなえてくれる』って最後は現実逃避にまで行ってしまった」

ファミリーホームの運営者の言葉だ。
子どもを虐待する実親と、自分の人生を投げだして子どもの世話をする育ての親。どちらにいたほうが幸せかは客観的には明らかだが、それでも、子どもは実親を選んでしまうのだ。「奴隷でもいいから」と言って。

そして彼女に待ち受けていたのは、奴隷以下の生活だった。学校にも通わせてもらえず、弟妹の面倒を見て、罵声を浴びるだけの生活。
ほどなくして彼女は別の里親のもとに引き取られ、病院に通う生活を送ることになったという。

「子どもの虹情報研修センター(日本虐待・思春期問題情報研修センター)」の増沢高研修部長は、「施設の子、里親の子もほとんどが、実の親のところへ帰りたいと言います。それほど親とのつながりというものは強い」と語る。
 なぜ、それほどまでに親を希うのか。一度は「捨てられた」も同然だったというのに。増沢氏は、キーワードは「喪失」なのだと説明する。
「子どもは、養育者に依存して生きる存在です。”捨てられた”も同然のように施設や里親に措置されても、それを認めたくない。”見捨てられる”ことへの不安と恐怖を強く抱いています。しかし時間と共に、事実として向き合わなければいけなくなった時、それは大きな喪失体験となって子どもを苦しめます。虐待はトラウマという、傷つけられた体験で語られがちですが、一番重要なキーワードは、喪失なのだと思います」


子どもにとっては、身体的な虐待を受けることよりも「親から捨てられたことを認めること」のほうがずっとつらいことなのだろう。

だからこそ子どもは、親から「おまえのために殴っている」と言われたら信じてしまう。そう信じたいから。
そして多くの虐待は表に出ることなく、くりかえされる。世代を超えて。





この本では、かつて虐待を受けて育った女性が子どもを産み、育て方がわからなくて苦悩する姿が紹介されている。

 子育てをしていく中、判断不能になる場面に沙織さんは多々出くわすという。
「たとえば、給食のランチョンマット。これ、毎日替えるのかどうかがわからない。気づかないからそのままにしていたら、学校から『毎日、替えてください』と注意されて、ネグレクトを疑われる。そんなん、私、一回だって洗ってもらったことがないからわからない」

ぼくにも4歳の娘がいるが、子どもと接してしていると自分が親にしてもらったことを思いだす。
風邪をひいたときはリンゴをすりおろしたやつを食べさせてもらったな、とか。ケガをしたことを隠していたらめちゃくちゃ怒られたな、とか。おもしろい話をしたときに「おもしろいねー!」と笑ってくれたけどあれは愛想笑いだったんだろうな、とか。
で、気がつくと自分が親にしてもらったことをそのまま子どもにしている。かつて親から言われたのと同じことを娘に言っている。
それは意図してやっているわけではなく、記憶の奥底に染みついたものを無意識にとりだしているだけだ。

ネグレクトで育った人にはその経験がないから、どうしたらいいかわからないのだろう。
上に書かれているランチョンマットを洗うかどうかは些細なことで、関係のない人からすると「まあ少々洗わなくても大丈夫でしょ」と思うけど、万事がその調子だったらすごくストレスだろう。

何の知識もない状態でミツユビナマケモノの赤ちゃんを預けられて「はい、このミツユビナマケモノをふつうに育ててくださいね」と言われるようなものかもしれない。ふつうに育てろっていわれても、その "ふつう" がわかんねーよ! という状態だろう。


まあ今はインターネットで人に訊けるからまだましなのかもしれない。
Yahoo!知恵袋で「こんなこともわからないのかよ。常識でわかるだろ」といいたくなる質問を見かけることがあるけど、もしかしたら親に育ててもらっていない人の疑問なのかもしれないな。





虐待やネグレクトといった痛ましい事例を見ると「親が自分の子を育てる」というシステムは無理があるのではないかと考えてしまう。

今でこそ親が自分の子の面倒を見るのはあたりまえだけど、それってせいぜいここ100年くらいの話だ。人類の歴史からいえば、共同体単位で子どもの面倒を見ていた(というか親が放置していた)時代のほうがずっと長い。
親が子育ての全責任を負うほうがおかしなことなんじゃないだろうか。


以前、『ルポ 消えた子どもたち』 という本の感想として、こんなことを書いた。
ぼくは、子どもの教育に個人情報保護を持ち込むべきではないと思う。
教育というのは公的なものであって、各家庭に属する私的なものではない。
「人に迷惑をかけてはいけません」と教えるのはその子のためじゃない。社会のためだ。
憲法にも「教育を受けさせる義務」があるように、親には「子どもを教育する義務」はあっても「子どもを好きなように育てていい権利」はない。
私的な行為じゃないから当然ながら個人情報保護の対象とすべき事柄じゃない。

そのへんが勘違いされているのが近代の病だね。

どうにかしてみんなで育てる仕組みを作れないものだろうか。7歳になったら強制的に親から引き離して寮に入れる、みたいな。
教育費はすべて国の負担。ただし一定の能力がないと高校、大学には進学できなくする。
これは平等だ。社会主義国家みたいだな。
でも親の経済状況と関係なく能力のある人に学べる機会を提供する、というのは社会全体で見たらいいことだと思うな。
親の負担はぐっと減るし、虐待やネグレクトもずっと少なくなるだろう。7歳まで育てればお役目終了だから次の子どもも作りやすい。
いろいろな事情があって実親に育ててもらえない子どものつらさも、だいぶ和らぐことだろう。


ぼくは、自分の娘をとてもかわいいと思う。とてもかわいいからこそ、こう思う。「かわいがりすぎちゃ、いかん」と。

少子高齢化の弊害が叫ばれている今、なすべきことは「親を大切に」「子どもには愛情を持って接しましょう」という考えを捨てるべきことなんじゃないだろうか。

今の世の中、「親の介護のために仕事を辞める」「仕事をしながら子どもの世話ができないから子どもを産まない」なんてことがめずらしくないよね。
どう考えたって生物としておかしい。老親を介護したって遺伝子を残すことにはまったく貢献しないからね。
ぼくたち生物は遺伝子の乗り物なんだから、遺伝子様ファーストで生きていかなくちゃならない。

今いろいろと話題になっている2分の1成人式なんかもってのほかだよね。
教育勅語の復権をと主張している大臣もいたが、それも論外。
むしろ「自分の親や子を大事にしてはいけません」と教えなくちゃいけない。
昔の人が親を大切にしてなかったからこそ「親を大切に」「親の言うことは聞きなさい」という儒教や教育勅語の教えが意味を持っていたわけで、今はむしろ逆のことを言わなくちゃいけない。


「親なんか大切にしなくていい」「子どもなんかほっときゃいい」という考えがあたりまえになれば、少子高齢化の問題はだいぶ緩和されるだろうね。

もちろんそのときは他の問題が出てくるんだろうけどさ。



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2017年7月17日月曜日

【ショートショート】うまれかわり聖人


「おまえは善く生きた。これほど正しく生きた人間を、わたしは他に知らない」

絶対的な存在は告げた。

彼は、ありがとうございますと深く頭を下げながら内心ほくそえんだ。当然だ。すべてはこの瞬間のために生きてきたのだから。



彼が "制度" の存在を知ったのは五歳のときだった。
祖父から「すべての生き物は死んだらまた生まれ変わる。次にどんな生物になるかは、この世でどんなおこないをしたかによって決まる。悪い生き方をした人間は、次の世の中では下等な生物として生きていかねばならない」と聞かされた。
そのときは特に気にも留めなかったのだが、その日の晩に祖父が急死したことで、その言葉が俄然意味を持つようになった。
死後の世界のことを語った祖父がすぐに亡くなった。この奇妙な符牒は、彼に生まれ変わりを信じさせるのに十分だった。

彼は、ダンゴムシや微生物として生きる日々を想像して恐怖を感じた。
常に自分より大きな生き物におびえ、隠れながら暮らしていかなければならない。捕食され、そうと気づかれぬうちに人間に踏まれて死んでしまうかもしれない。
そんな生き方をするのはぜったいにごめんだ、と思った。

その日から、彼は正しく生きることに努めた。
人の見ていないところでも規律を守り、虫を踏まぬよう注意して歩いた。他人の悪口は言わず、弱い者に対しては積極的に施しをした。彼には大いなる目標があったから、あらゆる悪しき誘惑をはねのけることができた。
みなが彼のことを「聖人」と呼んだ。その中には若干の揶揄する響きもあったが、他人の評価なんかよりもずっと大きな評価に備えている彼にとってはまったく気にならなかった。
口の悪い人は「ああいう聖人みたいな人にかぎって心の中では何を考えているかわからないもんだ」などと言ったが、それはまったくの間違いだった。彼は行動だけではなく、内面も善意で満ちていた。彼の生き方を評価する存在はすべてがお見通しなのだ。彼は強い意志で、自身の中から悪い考えを完全に追い出すことに成功していた。

何が楽しくて生きているんだろう、と陰口をたたく人もいた。
彼自身にそのような考えが浮かばなかったわけではない。正しいだけの人生をくりかえし送ることが最善の選択なのだろうか、と。
しかし下等な生き物として生きるという想像の恐怖がすぐにそんな考えを追いはらった。恐怖心とはどんな悦楽よりも強いのだ。

そして彼は、その人生を終えた。
生涯貧しい人生だった。だが彼は幸福だった。善い生き方をすることができたという達成感が、彼の心の中を満たしていた。



はたして、絶対的な存在は彼の正しい生き方を適正に評価した。

「おまえのように正しく生きたものは、もっとも優れた生き物として次の世代を生きることがふさわしい」

そして彼は高次の生命体へと生まれ変わった。

恵まれた身体能力、高い知性、強い生命力を持つ生物。同種間で殺し合いをすることもなく平和を愛する種族。長い歳月の間その形状をほとんど変える必要すらなく繁栄してきた種。絶対的な存在が、あまた創造した生き物の中でこれこそが最高傑作だったと自負する生物。すなわち、ゴキブリへと。

だが彼には落胆しているひまはなかった。
前世の記憶はすぐに消える。
すぐに下等な生物から逃げまどう暮らしがはじまった。



2017年7月15日土曜日

マーケティング込みで楽しむ小説/宿野かほる 『ルビンの壺が割れた』【読書感想】


宿野かほる 『ルビンの壺が割れた』

内容紹介(Amazonより)
「突然のメッセージで驚かれたことと思います。失礼をお許しください」――。送信した相手は、かつての恋人。SNSの邂逅から始まる往復書簡が過去の空白を埋める……はずが、ジェットコースターのような驚愕の新展開に!? 覆面作家によるデビュー作にして空前絶後の問題作を、刊行前に期間限定で全文公開。

新潮社が、「発売前に全文公開」という思い切ったキャンペーンをやっていることで話題になりつつある『ルビンの壺が割れた』。
さっそく読んでみた。
短いし平易な文章だからさくっと読めるね。

2017年7月27日まで無料で読めるよ!。
詳細は公式サイトへ(→ リンク )。



しかしいいキャンペーンだね。
全文を無料公開&キャッチコピー募集ってのは話題になる。
そうでもしないと無名の作者の小説は売れないもんね。
無料で公開する損失よりも、その後に売上が増える分のほうがぜったいに大きいだろうな。

とはいえ何度も使える手じゃないね。
めずらしくなくなれば読まれないし、悪評のほうが多ければむしろマイナスになりかねないし。
よほどの自信があるんだろうね。

特設サイトにも「必ず騙される」とか「衝撃体験」とかの言葉が並んでいて、ハードル上げすぎじゃない? と心配になってしまうほど。
しかもタイトルが「ルビンの壺」というキーワードが入っている(「ルビンの壺」とは壺のようにも2人の人物の横顔のようにも見える有名なだまし絵)。

ルビンの壺

これをわざわざタイトルに用いるってことは「見方を変えたら別の真実が浮かびあがってくる話ですよ」って言ってるようなもんじゃない。
そこまでわかりやすいヒント与えてしまって大丈夫?



ということで感想。

うむ。おもしろかった。
無料だったことをさしひいても、読んで損はない小説だね。
ネタバレ禁止ということなのであまり詳しくは書けないけど、顔を合わさないメッセージでのやりとり、交互に入れ替わる語り手……ときたらミステリ小説ファンとしたら「ははあ、××がじつは××ってパターンね。よくある手だよね。まあでもミステリを数多く読まない人はこれで引っかかって『衝撃のラスト!』とか言っちゃうんだよねえ~」とにやにやしながら読んでたんだけど、ぼくの予想はまんまと外れた。

なるほど。こういう展開をたどる小説か。
ひっかけがないということに逆にひっかかってしまったというか、これ以上書くとネタバレになりそうだからやめとくけど、たしかに分類の難しい小説だ。ぼくも何百冊とミステリを読んだけど、類似する小説が思いうかばない。
うまく説明できないけど、特設サイトに書かれていた「奇妙な小説」という言葉もなるほどと納得させられた。

SNSという舞台装置もうまく活かしている。何十年も音信不通になっていた人と顔を合わさずにやりとりをすることなんて、SNS以外ではまず起こりえないもんね。
(しかしこういう人たちが実名が基本のFacebookをやるということには少し違和感。mixiだったらわかるんだけど、でも今mixiは誰でも知るツールじゃないからなあ)


『ルビンの壺が割れた』はSNSのメッセージだけで構成される小説だ。
書簡形式の小説というのはときどき見かけるけど、ぼくはどうも好きになれない。お互い知っているはずのことを「あのときは〇〇でしたよね」とわざわざ書くのが嘘くさいから。
『ルビンの壺が割れた』もそういう記述が散見されて、「なんでいちいち再確認するんだよ」とつっこまずにはいられない。書簡形式だと地の文で補えないからどうしても説明過多になっちゃうんだよねえ。

とはいえ、手紙だけで構成された小説(たとえば 湊かなえ『往復書簡』)に比べれば、SNSだとその嘘くささがだいぶ緩和されているように感じる。
ひとつには数十年の時を経ていること。数十年もの歳月がたっていれば「あのとき貴女は〇〇しましたね。ぼくは〇〇と言いましたね」と書くことの必然性は、ほんの少しは高まる。
もうひとつは、インターネット上では誰もが自分語りをしてしまうこと。聞かれてもいないのに自分の過去の体験を長々と綴ったりしてしまうのはインターネットの持つ魔力のひとつだよね。ぼくもその力に操られているし。

SNSという現代的な小道具をうまく使った小説。
だからSNS拡散を狙った新潮社のキャンペーンとも親和性が高いんだろうね。

ううむ、つくづくよくできた小説、そしてそれ以上によくできたキャンペーンだ。マーケティングの仕事をしている身として素直に感心する。
このキャンペーンが小説の魅力を倍増させているね。



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2017年7月14日金曜日

夢で見た物語のラストシーン


船は行ってしまった。
ぼくたちは途方に暮れた。これでは試験会場に行けない。
がっくりとうなだれたそのとき、プロペラ機が目に入った。

「そうだ、柴ちゃん飛行機の免許持ってるって言ってたよね!」

たしかに柴ちゃんは操縦免許を持っていることを自慢していた。英語で書かれたライセンスを「めちゃくちゃ難しいからな。マサだったら100回受験してもとれないだろうな」と見せてきたことがあった。

「ほら、柴ちゃんの出番だよ!」
「あー、でも最近乗ってないしな……。おれんちのセスナ機ももう歳だし……」

出た。ふだんは大きなことを言ってるくせに、いざというときには尻ごみする柴ちゃんの悪いところ。

「でも免許取ったんだろ」
「一応な……。でもアメリカで少し講習を受けただけだし、英語だから何言ってるかわからなかったし、お金出したら発行してくれただけで……」
「いいからとにかくやってみなよ、飛ばなかったら飛ばなかったときじゃない。やるだけやってみようよ。やらなかったら試験も受けられないんだよ!」

「いやいやいや」柴ちゃんは、飛行機に乗り込むどころか後ずさりをする。
「失敗したらあいつらに笑われるし」と言って、視線だけで後ろを見た。
1つ上の連中がにやにやしながらこちらを見ている。自分たちの試験が終わったものだから、気楽なものだ。
「あんなやつら気にしなくていいよ。関係ないんだから」
「いやでも……」
「早く早く」
「ばかにされそうだし……」
「柴ちゃんは誰からもばかにされてるじゃないかー!」
怒鳴ってしまった。1つ上の連中の会話が止まった。自分でも驚いたが言葉が止まらない。
「柴ちゃんはほら吹きだし、みえっぱりでできないことばかりだし、そのくせ自慢ばかりするし。他人のことは見下してるし、つよいやつには卑屈だし。いつも口ばっかりで何かを最後までやったことなんてないじゃないか。これ以上どうやってばかにされるんだよ!」
勝手に言葉があふれてくる。止めようとしても止まらないので、言葉が出るにまかせることにした。「すごく言うじゃん」と、もうひとりの自分がどこかから見て他人事のように言う。
「免許取ったんだろ、ちょっとは勉強したんだろ。やってみろよ! やってから言えよ!」


そこから先のことは、少ししかおぼえていない。
ぼくは言った後で「ごめん」と言いながらわんわん泣いていたこと。
柴ちゃんも泣いていたこと。泣きながら操縦桿を握ったこと。飛んだこと。
「すごいよ!さすがだ柴ちゃん!」と言うぼくに、いつもなら「あたりまえだろ。マサとはちがうんだ」と言う柴ちゃんが「たまたまだよ」と遠慮がちに笑ったこと。


結局試験会場には到着できなかった。
柴ちゃんは飛行機が落ちないように前を見るのがせいいっぱいだったし、地図はないし、地図があったとしてもどっちみち目的地には着けなかっただろう。
墜落せずに飛行機の胴体をこすりながら着陸できたことだけでも奇跡といっていいだろう。

ぼくらは試験に落ちた。
また来年だ、とどちらからともなく笑った。
それまでに操縦の練習もしとかなくちゃな、と柴ちゃんはまじめな顔をしてつぶやいた。



2017年7月13日木曜日

お行儀が悪い

保育園ですれちがった男の子に「おはよう」と声をかけると、彼は何も言わずにぷいっとそっぽを向いた。
まあよくあることだ。うちの娘もあいさつされても無視することが多いし。
ぼくは気にしなかったが、男の子の母親は気をつかってくれて、「こらっ。なんであいさつしないの。お行儀悪いよ!」と叱った。

はて。
あいさつを返さないのは、"お行儀が悪い" なんだろうか。
ぼくは首をひねった。

お行儀が悪いってのは、座る姿勢が悪いとか、ごはんの食べ方が汚いとか、もっと私的なことなんじゃなかろうか。
あいさつを返す返さないは、お行儀というよりマナーとかモラルとか世渡りとかそういう方面に属する話なのでは……?

"お行儀が悪い" は言葉のチョイスがふさわしくないような……。


……と思っていたのだが、いや、そうではないかもしれないと思いなおした。

幼児教育においては "お行儀が悪い" はきわめて効果的なフレーズではないだろうか。





ぼくは理屈っぽい人間なので、子どもに何かを指示するときにも「原因と結果」の話をよくする。

「道路に出るときは右と左をよく見てから行かないと車にひかれちゃうかもしれないよ」

「あとでトイレに行きたくなったら困るから今行っとこうか」

「早く寝ないと明日の朝しんどいからもう寝よっか」

と。

マナーを教えるときもそうだ。

「電車の中で大きな声を出したら他の人がうるさく感じるから静かにしようね」

「ごはんを食べてるときにトイレの話をしたら他の人が嫌な思いをするからやめよう」

とか。

しかし。
ぼくの説明、ビジネスの場ならこれでよくても、幼児にしたらすごくわかりにくいんじゃないだろうか?



「電車の中で大きな声を出したらうるさく感じる」とか「食事中に排泄物の話をしてほしくない」というのは、"他者の視点に立った話" だ。

これは社会経験を重ね、数多くの人の趣味嗜好性格思想行動パターンを把握した者にしかイメージできない。

野球をよく知らない人が「一死三塁で浅めのセンターフライが飛んだらランナーはタッチアップをするからバックホームがされるよね。だからピッチャーはキャッチャーのカバーに行かなくちゃいけないよね」って言われてもちんぷんかんぷんだろう。実践や観戦の経験を積まないと、フライが上がった後に三塁ランナーやセンターがどういう行動をとるかが想像できないからだ。

同様に、幼児には「電車の中で大きな声で話している人をうるさく感じた」経験もないし、「電車の中で大きな声で話されることを嫌う人もいる」ことも知らない。
だからぼくの説明が理解できない。


その点、「お行儀が悪いからだめ!」は明快だ。

だって "お行儀" に理由はいらないのだから。
(他人に迷惑をかけないことが "お行儀" の最大の目的だと思うが、それだけでは説明できない "お行儀" もある。「ご飯にお箸をぶっさす」とか「猫背で座る」とかは他人に迷惑をかけないけどお行儀が悪い)


社会には、法律や条例だけでなく、判例、慣例、マナー、阿吽の呼吸など守らなくてはならないルールがたくさんある。
そのひとつひとつに「なぜ守らなくてはならないのか」を理解してくれるのが理想ではあるけれど、幼児にそこまで期待するのは無茶というものだ。
「あいさつをされたら返さなくてはならないよ。無視したら敵意を持っていると思われて向こうも敵視してくる場合があるからね。そうでなくても感じの悪い人だと思われたらこちらに好意的なおこないをしてくれる機会をつぶすことになりかねないだろ?」というより、「おはようと言われたらおはようと言いなさい。それがお行儀だから」といったほうがずっとわかりやすいにちがいない。

そういう意味で、九九を丸暗記するように「これはお行儀だから」という言葉で叩きこむやりかたは、幼児教育においては要領のいいやりかただな、と思った。
いや、大人でもそっちのほうがいいのかもしれない。
ルールはルールだ、理由もへちまもないから守れいっ、と強引に押しつけてしまう。

戦場においては「爆発が起きたら衝撃や飛散物が爆心地を中心に同心円状に広がるからできるだけ地面に伏せて身を隠したほうが衝撃が少なくて済む」と教えるより、「爆発したらすぐ伏せろ!」とシンプルに伝えたほうがいい。理由なんか考えなくていい。
それと同じだ。
法律で規定しにくいことはすべてお行儀にしてしまう。

「70歳以上が車を運転するのはお行儀が悪い」

「社員に長時間労働をさせる会社はお行儀が悪い」

「飲み会に参加するように圧力をかけるのはお行儀が悪い」

反論は一切受け付けない。だってお行儀ってそういうものだもの。

2017年7月12日水曜日

寝食を忘れて遊べるおもちゃ


娘の4歳の誕生日に、自転車を買った。

それまでもストライダーというペダルのない自転車に乗っていたのだが、さんざん乗り回してタイヤがつるつるになってしまったので、今度はペダルのあるコマつき自転車を買うことにした。

2週間前に自転車屋に行き、娘に自転車を選ばせ、予約だけして「誕生日になったら買いにこようね」と伝えた。
それからずっと「いつ誕生日?」と訊いてきた。まだ正しい時間の概念を持っていないのだ。


そして誕生日。
新しい自転車を手に入れた娘は、狂喜乱舞していた。
ベルをちりんちりんと慣らし、カゴがあることがうれしくて意味なく葉っぱを入れ、乗ったらいつまでも走り回り、降りたら降りたでずっとペダルを回して遊んでいた。

日曜日。いつもは起こしても起きないくせに6時半に起きだして「おとうちゃん、自転車乗りにいこう!」と誘ってくる。
「朝ごはん食べたら行こっか」と言うと、「朝ごはんの前に自転車に乗る!」と言って聞かない。
じゃあちょっとだけね、ということで妻に「朝ごはんできたら電話して」と言うと、「おかあちゃん、朝ごはんつくるの遅くていいからね!」と言い残して娘は自転車にまたがった。


前日も一日中自転車に乗っていたのに、まだ飽きもせずに早朝から自転車で同じところをぐるぐる回っている(あぶないのでまだ公園の中しか走らせていない)。

その姿を見ながら、子どもってすごいなあとぼくは感心していた。

文字通り「寝食を忘れる」という状態だ。
寝る間も惜しんで、空腹も気にせず、ずっと自転車を乗り回している。
こんなふうに何かに熱中することは、ぼくの人生においてまちがいなくこの先ない。
5億円拾って自分の好きなものを買いあさったとしても、半日もすれば飽きてくるだろう。

睡眠時間を削って一日中遊べるものがあるなんて幸せなことだなあ。うらやましいかぎりだ。ぼくみたいなおっさんにはそんなおもちゃはもう手に入らないよ、と大きなあくびをしたのだけれど、ふと思いいたった。

これか。

日曜の朝にたたき起こされて、眠いし腹もへったといいながら子どもが遊ぶのにつきあっている時間。

これこそが、寝る間も惜しんで、空腹も気にせず、何かに打ちこんでいる時間か……。
意外と眠くてつらいものだ。



2017年7月11日火曜日

31歳が大学のサークルに入ってもよいものか



大学のとき、ジョギングサークルに入っていた。

フルマラソンの大会に出て3時間を切るぐらいで走る人もいれば、1年に数回走るだけの人もいたり、中には1年生のときは何度か走っていたけどもう5年以上も走ってません(つまり留年している)という人もいた。
大学の構内に部室があり、こたつがあったり漫画が置いてあったりするので、授業の空き時間に昼寝をしたり、夜遅くまで部室内で酒を酌みかわしたり(今はどうだか知らないけど当時は大学内は24時間出入り自由だった)、走る人も走らない人も仲良く楽しくやっていた。
ずっと入り浸っている人もいるし、いつの間にか来なくなる人もいる。来るものは拒まず、去るものは追わず、という雰囲気のサークルだった。


あるとき、31歳の男性が部室にやってきた。
「すみません、入口に新入会員募集って書いてあるんで来たんですけど……」
「はぁ……」
「ここって年齢制限とかあるんですか」
「いえ、そういうのはないと思います……」
「じゃあ入会させてください」
というようなやりとりがあって、彼はそのまま部室に居ついてしまった。
彼は、社会に出てから大学に入りなおしたのか、聴講生だったのかは忘れたが、とにかく31歳の学生だった。

はじめの数日は彼も走っていたようだったけど、やがて走らなくなり、部室で昼寝をしたり、酒盛りに参加したりするだけの存在になった。

ほどなくして、サークルのメンバーは彼を避けるようになった。

もともと10歳くらい離れているから共通の話題は少ないし、おまけに彼は自分の話を延々と語り、他人の話を否定してばかりいるタイプの人だった。
邪険にするのも悪いから話しかけられたら相手をするけど、すぐに嫌になる。

みんなが集まって楽しく話している → 彼がその場に入ってきて話に参加する → 1人去り2人去り、最後に残された優しい人(あるいは要領の悪い人)だけが話に付き合わされる

ということが日常的な風景だった。
彼が女子学生とばかり話していることも嫌われた原因だったと思う。
そこで自分が嫌われていることに気づける人だったら、はじめから31歳になって大学生のサークルに入ろうとは思わなかっただろう。

大学生のサークルに入ってきた31歳は明らかに異質だったが、彼自信はそういうところにまったく無頓着だった。自分はサークルに溶けこんでいると思っていたようで、それは飲み会の会費を徴収するときに「2年生以上はひとり3,000円ね」と言われたらぴたり3,000円を出すことからもうかがいしれた(さすがに1年生扱いしてもらえるとは思っていなかったらしい)。


サークルの雰囲気は悪くなり、彼がいるときはあからさまに部室の人口が減った。
「こんなことならはじめに『年齢制限あるんです』って言っとけばよかったな」とぼくらはため息をついた。

ある日、先輩会員(2浪していた上に大学院生だったので26歳ぐらいだった)が事情を聞き、彼との間に話し合いの場をもったらしい。
どんなやり取りがあったかは知らないけど、「他の会員が困っているから配慮してもらえないか」というようなことをわりと率直に伝えたのだと思う(遠回しに伝えて汲みとってくれる人ではなかったのでたぶんストレートに言ったのだろう)。
その日から彼は姿を見せなくなり、サークル内は元の平和を取り戻し、ぼくらは勇敢な先輩に感謝をした。



さて、彼の行為の何がまずかったのだろうか。

・ジョギングサークルなのに走らずに部室でくだを巻くだけだったこと。
これは彼にかぎった話ではない。ぼくもそういう会員だった。

・自分の話を延々と語り、他人の話を否定してばかりいるタイプだったこと。
これは決して良いことではないが、そういうタイプの人は彼の他にもいた。世の中にはそんな人は掃いて捨てるほどいる。嫌われる原因にはなるが、コミュニティを出ていってくれと言われるほどのことではない。

・31歳だったこと
これ自体がまずいわけではない。現にさっき登場した先輩は26歳だった。30歳をすぎてもときどき顔を出すOBもいた。その中にはあまり好かれていない先輩もいたが、後輩が「もう来ないでほしい」なんて言うことは当然ながらありえなかった。

つきつめて考えると、身もふたもない答えになるけど、「31歳になって大学のサークルに新規入会したこと」つまりは「空気を読めなかったこと」ということになる。
(「自分の話ばかりする」というのも空気が読めないことに起因していたのだろう)




彼は、何一つ規則をやぶってはいなかった。
「年齢制限はありません」と言われたから入会したわけだし、自分の話ばかりしてはいけないという規則もないし、「ひとり3,000円」と言われたから19歳と同じ3,000円を支払った。
どれも明文化されたルールに違反しているわけではない。

「暗黙の了解」を守らなかっただけ、いや理解していなかっただけだ。



空気が読めないメンバーをコミュニティから追放することは正しいことだったのだろうか。

倫理的に考えるなら、正しくないと思う。小学校だったら「〇〇くんと仲良くしてあげましょう」と先生から怒られるやつだ。
でも、小学1年生の輪の中に6年生が「ぼくも入れてー」と入ってきたらどうだろう。先生は「仲良くしましょう」と言うだろうか。


31歳になって大学生のサークルにずかずかと入り込んできた彼がいなくなったとき、ぼくは心底ほっとした。他の会員も同じ気持ちだっただろう。
彼が自分の話ばかりするタイプではなく、人並みにコミュニケーションをとれる人だったとしても、20歳そこらだったぼくらはやはり「31歳が入ってきた」ということでいくらかの居心地の悪さを感じただろう。

「空気を読め」と他人に強要することは、閉鎖的で傲慢な態度なのかもしれない。
しかし、やはり空気を読めない人とは一緒にやっていきたくないとも思う。


前いた会社で、「女性が多く活躍している職場です」というパートの求人を出したときに、応募の電話をかけてきた40代の男性がいた。
「今のところ女性のみが働いておりますのでやりづらいのではないかと思いますが……」と伝えると「私はそういうのを気にしませんので」と自信満々に言われた。
おまえが気にしなくても周りが気にするんだよ、と伝えるわけにもいかず「では次の選考に進んでいただく場合にのみこちらからまた連絡いたします」と言って電話を切った。
きっと彼はなぜ不採用になったのか気づくことなく、同じような求人に応募しているのだろう。

言外の意味を読み取れない人はたいへんだろうな、と思う。
しなくてもいい苦労をしつづけるんだろう。



しかし言外の意味を読み取ってばかりいても人との距離は近づかない。

ぼくが最後に「友達をつくった」のはもう何年前だろう。
仕事で会う人で、妙に馬があって「この人と遊んだらおもしろいかもしれないな」と思う人もいるけど、わざわざ誘うことはしない。
「うっとうしがられるかも」「余計な気を遣わせてしまうかも」と思うと足踏みしてしまい、まあそこまでして誘うほどでもないか、とあきらめてしまう。

この歳になって親しい友人をつくろうと思ったら、ときには空気を読まない大胆さも必要なのかもしれない。


そんな折、娘の保育園に行ったときに他の子の父親から「休みの日ってどこに連れていってます?」と訊かれたので、これはチャンスと思い「こないだプール行ったんですけど子どもは喜んでましたよ。今度子ども連れて一緒に行きませんか?」と誘ってみた。

言われたお父さんは「あーいいですねえ」とニコニコしながら言って、あれ? この後どうしたらいいんだ? 具体的な日程を決めたらいいのか? それとも今日は連絡先の交換だけにしておいて後日LINEとかでやりとりしたほうがいいのか? いやでも「いいですねえ」と言っただけで「行きます」って言ったわけじゃないしこれは断りかたがわからなくて困ってるパターンか? とかいろいろ考えているうちになんとなく次の会話がなくなってしまって、うやむやになってしまった。

大学生のサークルに入ってきたあの31歳男性だったら自然に「じゃあいつにします?」って言えたんだろうなあと思って少しうらやましくもあり、いややっぱりそうでもないな。


2017年7月7日金曜日

おっさん修行

保育園でときどき顔をあわす男の子(5歳くらい)に、
「おはようございます、おっさん!」
と云われた。

思わず「おっさんちゃうわ!」と言い返そうとしてしまったが、まてよぼくももう30代半ばだ。白髪も増えたし、水虫で通院中だし、どこからどう見てもおっさんだ。
ましてや5歳児から見たら、自分の7倍近くも生きている男など純度100%のおっさんでしかないだろう。
そんなおっさんが「おっさんちゃうわ!」と云うことは嘘偽りでしかなく、子どもの教育によろしくない。


なんと返したらいいんだろう。
ぱっと浮かんだのが「そやで、おっさんやで」という言葉だった。
悪くはないのだが、男の子はなんらかの反発があるものと期待して「おっさん!」という軽めの悪意を含んだ言葉を投げつけているのだから、それをあっさりいなしてしまうのは期待を無視するようで心苦しい。
それに、「おっさんですけど何か?」と居直っている感じがして、喧嘩腰であるかのように受け取られるのも本意ではない。

かといって「おっさんって言わんといてや!」というのも、本気で抵抗しているようで大人げない。

そうだ、軽口には軽口で返して「おはよう、おじいちゃん!」と言い返すのはどうだろう。
これなら、こちらが重く受け止めていないことも伝わるし、相手のユーモアをしっかりと受け止めて大人の余裕も見せた上で、冗談で返すことのできるおもしろいおっさんだと思ってもらえるんじゃないだろうか……。


ということを思案していたのが時間にして数秒。

「おっさん!」という言葉を投げつけられて数秒間硬直しているぼくを見て、深くショックを受けたと思われてしまったのだろう、男の子の隣にいたお母さんから「すみません、すみません」と平身低頭で謝られてしまった。
「あっ、いや……」と口ごもるぼくを後にして、男の子はお母さんに「そんなこと言わんの!」と怒られながら連れていかれてしまった。

後に残ったのは、「おっさんであることを受け入れられずに何も言い返せなかったおっさん」ただひとり。

まだまだおっさんとしての修行が足りん。

うまく返せなかったことを悔やむおっさん


2017年7月6日木曜日

オイスターソース炒めには気を付けろ/土井 善晴 『一汁一菜でよいという提案』【読書感想エッセイ】

土井 善晴 『一汁一菜でよいという提案』

内容紹介(e-honより)
食事はすべてのはじまり。大切なことは、一日一日、自分自身の心の置き場、心地よい場所に帰ってくる暮らしのリズムをつくること。その柱となるのが、一汁一菜という食事のスタイル。合理的な米の扱いと炊き方、具だくさんの味噌汁。



テレビでもおなじみの料理研究家である土井義春さんのエッセイ、というか提言。

ほとんどタイトルがすべてを言いあわわしているといってもいい。
一般に食事は一汁三菜がいいと言われているけど、土井さんは「ふだんからそんなにごちそうを食べる必要はない。具だくさんの一汁を作ればごはんのおかずになるし栄養もとれるし作る人の負担も少ない」と書いている。
一汁三菜がだめ、と言ってるわけではなく「しんどい思いをして作ったり、レトルトや出来合いの総菜で無理に一汁三菜にするぐらいだったら一汁一菜でいいと思うよ」ぐらいのかる~い提案だ。

この本には土井先生のつくった「一汁」の写真が載っているのだが、それがほんとにきれいじゃない。率直にいうと汚い。
ぐちゃぐちゃの汁物で、トマト、ピーマン、きゅうり、ハム、小魚、でろでろの卵、その他よくわからない具材が混然一体となっている。料理研究家としてこの写真を載せるのはほんとに勇気が要っただろうなあ。

しかしプロとして他人に指導する立場にある土井先生がこういう写真を載せることにこそ意味があるわけで、「プロですら家ではこんな適当なものを食べているんだから我々はまったく気張る必要がないんだ」と大いなる勇気を与えてくれる。

勇気をくれる、美しくない料理の写真




ぼくが一人暮らしをしていたときは、一応自炊はしていたけど一汁一菜どころか、一汁だけまたは一菜だけだった。
一人分のごはんをつくるのは難しい。いろんな食材を買っても腐らせてしまうし、たくさんつくっても食べきれない。少量のおかずを何種類もつくる、なんてよほどの料理好きじゃないとやってられない。
それでも腹はふくらませなくちゃいけないし、栄養をとらないといけないとも思うし、外食は金がかかるから、一応料理はしていた。
肉や野菜を切って、全部まとめて調理するだけ。調理といったって「塩こしょうで炒める」「醤油で炒める」「味噌で煮る」「醤油で煮る」「カレーにする」の5種類ぐらいしか選択肢はなかった。
炒め物のときは、どんぶりによそったご飯に乗っける。食器が1つだけでいいので、洗い物が少なくて楽だった。

料理とも呼べないぐらいのものだったが、まあこれでも独身男にしてはやってるほうだろうと自分に言い訳をしていた。
結婚してからもそれが一汁一菜になったぐらいで、味付けは例によって5種類のローテーションでやりくりしていたら、子どもができたタイミングで妻から「あなたの料理はおいしくないわけじゃないけど味付けが適当だからわたしがやる」というせいいっぱい気を遣った戦力外通告をいただき、今ではほとんど料理をする機会がなくなった。

それじゃあ洗い物ぐらいはとやっていたんだけど、ぼくは皿の裏に残った洗剤の泡を気にしない性質なので「食器用洗剤なんか少々口に入れても大丈夫なものしか使ってないだろうし料理についたらむしろクリーミーさがプラスされるのでは?」なんてうそぶいていたら、やはり妻から「洗い物もしなくていいわ。どうせわたしがやることになるから」と部署移動を命じられ、今では資料整理室という名の追い出し部屋に放り込まれて日がな一日新聞の切り抜きをさせられる日々を送っている。


話がそれたが、極力手間ひまのかからない料理を心がけているものとして、この土井先生の「一汁一菜でよい」という提案には大いに勇気づけられた。

さらに土井先生は「家で食べるごはんはそんなにおいしくなくてもいい」とも言う。

 ご飯や味噌汁、切り干しやひじきのような、身体に良いと言われる日常の食べ物にはインパクトがないので、テレビの食番組などに登場することもないでしょう。もし、切り干しやひじきを食べて「おいしいっ!」と驚いていたら、わざとらしいと疑います。そんなびっくりするような切り干しはないからです。若い人が「普通においしい」という言葉使いをするのを聞いたことがありますが、それは正しいと思います。普通のおいしさとは暮らしの安心につながる静かな味です。切り干しのおいしさは、「普通においしい」のです。
 お料理した人にとって、「おいしいね」と行ってもらうことは喜びでしょう。でもその「おいしい」にもいろいろあるということです。家庭にあるべきおいしいものは、穏やかで、地味なもの。よく母親の作る料理を「家族は何も言ってくれない」と言いますが、それはすでに普通においしいと言っていることなのです。なんの違和感もない、安心している姿だと思います。

そうそう。ぼくは味に無頓着なほうなので、よほど辛いとか真っ黒焦げとかでなければなんでもいいよ、と思う。
高いお金を出して食べるレストランでの食事にはおいしさを求めるけど、家庭の味ってほどほどでいいよね。
同じものをくりかえし食べるからこそ骨の髄まで染み込むわけで、「おふくろの味」となるんだろうね。



家で「おいしい!」と言うことについては、ぼくには失敗談がある。
「料理をつくっている人からするとおいしいと言ってもらいたい」という話を聞いたので、妻がつくった料理で「おいしいな」と感じたときは率直に伝えるよう心がけた。
で、あるとき「これおいしいね!」と言い、その数日後にまた「おっ、これおいしいやん」と言い、また別の日に「このおかずおいしいね」と言うと、妻からこう言われた。

「あんたがおいしいって言うときってオイスターソースで味付けしたときだけやね。それ料理を褒めてるんじゃなくてオイスターソースを褒めてるだけやん」


そうだったのだ。ぼくは何も考えずに「おいしい!」と発していたのだが、褒めていたのはすべてオイスターソース炒めだったのだ。

という失敗を喫したことがあるので、「何も言わないことこそがおいしいということだ」という土井先生の言葉を妻に献上して、今後は余計なことは言わないように努めようと思う。




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2017年7月5日水曜日

なんとなく気になるけどなんとなく読んでみる気が起こらない作家/【読書感想】町田 康 『正直じゃいけん』

町田 康 『正直じゃいけん』

内容(「e-hon」より)
日本経済新聞に連載された「随筆ひとり漫才」、「週刊朝日」に連載された「アナーキー・イン・ザ・3K」を初めとする真理への希求と言葉への愛が炸裂する珠玉のエッセイ集、待望の文庫化。

とある書店で バースデー文庫 という企画をやっていた。1月1日生まれから12月31日生まれまで366人の物書きの本を並べ、「あなたとおなじ誕生日の作家の本を読んでみませんか?」という企画だ。
へえ、ぼくは誰と同じなんだろうと見てみたら、町田康といっしょだった。

町田康か。
ずっと気になっていた作家なんだよなあ。でも読んだことはない。
『告白』とか『パンク侍、斬られて候』とか書店で手に取ったことはあるけど、「うーん、クセが強そうな作家なのにぶあついなあ。もし性にあわなかったときにこれを完読するのはしんどいな……」と思って敬遠していたのだ。
本好きの人にとっては1人や2人はいるだろう、「なんとなく気になるけどなんとなく読んでみる気が起こらない作家」。書架から手にはとってパラパラとやることはあるけど、レジまで持っていくことはない作家。「ほかに読む本がどうしても見つからないときにでも読むことにしよう」と思って、そんな機会は決して訪れることがない作家。ぼくにとって町田康はそういう作家だった。

バースデー文庫で見たときも「んー、町田康かあ……。悪くないね……」なんて言いながらも結局は買わなかった。
でもずっと気になっていたので、後日に「まずはエッセイぐらいから……」と手に取ってみた。

 ぜんたい自分はなにをやっても人に後れをとることが多いが、自動車の運転をしている場合それは顕著で、絶えず割り込みその他にあっているのであるが、そういう車を数多、目撃するうちに、そうして無茶をする車、得手勝手な行動によって交通に問題を起こしている車がある特定の車種に集中していることに自分は気がついた。
(中略)
 というのは、十人十色、などというように、人は各々その性格が異なるはずなのに、なぜこの車に乗った途端、申し合わせたように、かくも凶悪・凶暴な運転をするようになるのであろうか? と自分は考えたのである。
 で、さんざんに首を捻った挙げ句、自分はエアコンじゃないか、という結論に到達した。すなわち、エアコンのフィルターに毒が塗ってあって、スイッチを入れると毒が発散、これを吸い込んだドライバーは、いかな温厚な人といえども、精神に異常をきたし、どらあ、どけえ、殺すぞ、という状態に陥る、といういわば仮説である。
『ビーエムの怪』より)

なるほど、町田康ってこういう文章を書くのか。
パンクロッカーだけあってパンクな文章をつづるね(パンクってどんなのかと聞かれても正確には答えられないけど)。
ブログやSNSを通して誰もが情報を発信できるようになって、こういう勢いにまかせて書いたような文章を書く人はめずらしくなくなった。たぶんそういう人たちのうち、かなりの人が町田康の文章に影響を受けたんだろうな。

町田康自身は野坂昭如や中島らもの影響を大きく受けたと書いていて、ああなるほど改行の少ない疾走感のある文章とか口語交じりの荒っぽい言葉づかいとか、随所に影響を感じることができる。
じつはきっちり計算して書いているんだろうなあ、という気がする。上に引用した文章でも、車種を伏せているのにタイトルでばらしちゃってるとことか。



はまる人にははまるんだろうなあ、という文章で、しかし「はまる人にははまる」≒「自分にははまらなかった」わけで、ぼくは「もうしばらく町田康は手に取らなくていいかな」という感想だった。
文章自体がおもしろすぎると、まとめて読んだときに疲れちゃうんだよねえ。
土屋賢二もそうだしぼくの中では村上春樹もその部類に入るんだけど、文章がおもしろいと内容が頭に入ってきにくい(というか内容はあんまりない気がする)。読んでいる間はおもしろいけど、読後にぜんぜん記憶に残っていない。
ブログ、SNS、週刊誌連載の1記事ぐらいだったらそれでいいんだけど、1冊の本としてまとめて読むとなかなかつらいものがある。初対面の人に出身地はどこですかとかご兄弟はいますかとかのあたりさわりのない話を1分するのは平気でも1時間は話していられないように。

『正直じゃいけん』も週刊誌連載をまとめた本らしいけど、媒体によって向き不向きがあるから、なんでもかんでも本にすればいいってもんじゃないなと思う。ファンにはうれしいだろうけどさ。




町田康氏は細かいことをああだこうだとうだうだ考えていて、共感できるところもなかなかに多い。

 もっとも分かりやすいのは「思ってる/考えてる」という文言でこれを言う人はけっこうやばいので注意が必要である。
 あなたにこうこうこういった内容の仕事を依頼したい「と思っています/と考えています」なんて文書が送られてくる。いくらあなたがあなたのなかで思っていると言ったところで世間は、「ああ、そう」と言って終わりで、一生思っていろ、と言いたくなるがしょうがない検討をしたところ、そういう人に限って具体的日程等の諸条件があわぬ場合が多く、その旨を伝えてお断りを申しあげると今度は、お引受けいただかないと、「困ります」と言って電話をかけてくる。
 困るのはあなたであって私はちっとも困らないので、困る、と言われても困る、あ? やはり俺も困るのか? などと思いつつも諸条件があわぬものは仕方ないので、やはり諸条件不可能である旨を伝えると、再度、連絡があり、ということは諸条件の見直しをおこのうてくれたのか、と思うとそうではなくして、いかに自分がこの仕事を依頼したいと「思って」いるか、について縷々述べるばかりで条件の見直しはいっさい行なわれていない。
『あなたとわたし/なかよくあそびましょ』より)

ぼくもこういう言葉遣いはすごく気になるほうなので、よくわかる。
ぼくが嫌いなのは「お願いしてもよろしいでしょうか」という言い回し。いや願うのはあなたの個人的かつ内面的な行為だからこちらが妨げる類のものではありませんよ、と思う。
思想の自由が保証されているんですからどうぞ好きなだけお願いしてください。その上でちゃんとお断りしますから!



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2017年7月4日火曜日

小選挙区制がダメな99の理由(99もない)/【読書感想エッセイ】バク チョルヒー 『代議士のつくられ方 小選挙区の選挙戦略』

バク チョルヒー
『代議士のつくられ方 小選挙区の選挙戦略』

内容(「e-hon」より)
1988年のリクルート事件以来、日本の政界は「政治改革」という旋風に巻き込まれた。しかし政治改革は、いつのまにか選挙制度改革と同一視され、中選挙区制は小選挙区・比例代表並立制に変わった。当初は、政策を争う二大政党への移行が理想とされた小選挙区制だったが、いったい、この制度は政治市場で、実際にはどのように機能しているのか。代議士たちはどのように公認され、どのような選挙活動を行なっているのか。小選挙区における新人代議士誕生までの過程を、都市部の選挙区で克明に追ってみた。

最近、ふと「国政選挙において小選挙区制って悪いことだらけじゃない?」と思った。
で、いろいろ調べてみればみるほどデメリットが大きすぎる。

小選挙区制(しょうせんきょくせい)とは、1選挙区に付き1名を選出する選挙制度である。(Wikipedia より)

小選挙区のデメリットを考えてみたのだけれど、政治にまったく詳しくないぼくでも以下の問題点を挙げられる。


1票の格差が大きい

国政選挙のたびに問題になってるやつだね。
中選挙区制のほうが格差を調整しやすそうだし(定員5→4にするほうが2つの選挙区をくっつけて1つにするより抵抗少ないでしょ)、大選挙区制なら格差はなくなる。

死票が多くなる

たとえば小選挙区に4人の立候補者(A,B,C,D)がいるとする。
Aが40%、Bが30%、Cが20%、Dが10%の得票だったとすると、B,C,Dは落選。あわせて60%の票は死票となる。

得票数と議席数の乖離が大きい(=民意が反映されにくくなる)

仮に全選挙区で30%しかとれない政党があったとすると、その政党は小選挙区での獲得議席はゼロになる。国民の30%に支持されていても(小選挙区での)議席ゼロ。
また、得票数が多い政党が議席数では負けるということも起こりやすい(得票数では勝ったクリントン氏がトランプ氏に敗れたアメリカ大統領選のように)。

一党独裁につながりやすい

ひとつ前の理由ともつながるけど……。
すべての小選挙区で50%の票を獲得できる政党があれば、その政党が小選挙区選挙においては100%の議席を占めることになる。
有権者の50%からしか支持されていないにもかかわらず国会内に敵がまったくいない状況になるわけで、政権の暴走につながりやすい。

投票率が下がる

小選挙区制だと、事前の調査で「有権者の20%にしか支持されていない候補者」はまず当選の見込みがなくなる。結果、応援している人でも投票に行ってもしかたがないということになる。
数人が当選する中選挙区制であれば、10%でも勝ち目はある。

大政党の後押しのない候補者はまず勝てない

20%の票をとれば余裕で勝てる中選挙区制度と異なり、小選挙区制では少なくとも40%はとらないとまず勝てない。
結局、三バン(地盤、看板、カバン)がない候補者は勝てない。結果、著名人や二世議員ばかりになる。

大政党の政策が似たり寄ったりになる

半数近くの票を集めないといけない小選挙区では、広い層に支持されないと勝てない。結果、どこもほぼ同じ政策を掲げることになる。

選挙がネガティブキャンペーンの張りあいにつながる

小選挙区で2人が競っている場合には、相手候補者の1票を削ることはそのまま自分が1票獲得するのと同じだから(それどころか相手に入れるはずだった票を自分に入れてくれれば実質2票獲得するのと同じことになる)、相手の失策をいかにつつくかという選挙活動につながりやすい。



まあデメリットというのはメリットと表裏一体なので、「民意が正しく反映されない」ということも、少数意見を抹殺したい人間からするとメリットでしかないんだけどさ。
一党独裁だってスピーディーに物事を決められていいから、その党が良識ある行動をとっているかぎりにおいては長所と言えるし。
ネガティブキャンペーンも必ずしも悪いことばかりではなく、正当な批判はどんどんされたらいい。

とはいえ、現政権の暴走なんかを見ていると、メリットをはるかに上回るデメリットがあるように思えてならない。

それを防ぐために比例代表制と並列になっているわけだけど、比例は比例でデメリットがあるし(無所属の人に不利とか、誰からも票を入れてもらえないゴミみたいな候補者でも名簿にさえ載っていれば当選する可能性があるとか、芸能人を使って票を集めようとする政党が現れるとか)、「もっといい選挙制度があるんじゃないの?」というのがぼくの抱えている疑問。





前置きが長くなったけど、小選挙区比例代表並立制に疑問を持ったので『代議士のつくられ方』を読んでみた。

この本は2000年刊行。
小選挙区比例代表並立制が導入されてからはじめての衆議院選挙となった1996年の第41回衆議院議員総選挙を舞台に、当時新人だった平沢勝栄氏(自民党)の選挙活動を細かく描いている。
この選挙戦の様子が物語としても十分おもしろい。戦記を読んでいるかのよう。
各家庭がどの政党を支持しているかを調べるためにゴミまで調べるとか、創価学会(公明党)と幸福の科学(幸福実現党)ばかりが有名だけどそれ以外にも非常に多くの宗教団体が選挙に協力していることとか、「選挙ってここまでやるのか……」と感心する(というか呆れる)ようなことも。

この本の中でも、小選挙区制の問題点がいくつも指摘されている。

 中選挙区制では、同じ選挙区から議員が複数選ばれるので、新人が同じ政党の現職に挑戦することも珍しくはなかった。新人は公認を得るため自民党の派閥の領袖に頼ったり、公認をもらえなくても無所属として立候補して、当選後、自民党に入党する道を選べた。
 しかし新選挙区制度は、いわゆる「自己公認」の余地をなくした。一人しか公認できないから同じ党から出られないし、選挙法の改正で無所属からの立候補も不利になった。その上、無所属として当選しても、自民党入りは困難である。それは、もとからの自民党公認候補を追い出すことになるからだ。

 小選挙区制の導入によるさまざまな変化は、立候補者の決断にも、大きな影響を与えた。政治参入者から見ると、小選挙区制はハードルが高い厳しい制度である。当選の確率が低くなって、立候補の決断がなかなか難しいものになった。その上、選挙区の規模が小さくなったことによって、地元とのコネがない候補者には不利というローカルバイアスを生んだのである。
 以上の変化を背景として、候補者はだいたい三つの出身母体から出てくる。一番多いのは地方議員である。百七人の自民党新人候補者のうち、四十五人が地方議員経験者である。当選した全新人のうち、三六.五%の四十二人が地方議員出身者であった。自民党にしぼると、その割合は四六.九%にのぼる。
 次は二世議員である。百六十一人の二世議員が立候補して、百二十二人が当選した。自民党だけでも、四二.三%の百一人が二世議員だと言われる。それに続くのが、自民党議員の二二%を占める官僚出身者である。

要は、国会議員になるためのハードルが高くなったってことね。
現職議員にしたら喜ばしいことだろうけど、志や能力ではなくコネクションで当選するかどうかが決まってしまうってのは決していいことじゃないよね。


ううむ、知れば知るほど「小選挙区は大政党や現職には有利だけど国家にとってはデメリットばかり」な制度に思えてきたな……。

中でもいちばんの問題はこれ。

 安保も外交政策も、各政党にとって、重要な問題のはずであった。しかし、平沢を含む何人もの候補は「そんなものは票にならないよ」と一蹴した。
 その代わり候補者は、有識者の誰もが受け入れやすい政策を語り、受け入れやすい表現を使った。誰でも同意できる問題に対しては、それがあたかも自分が発案したかのように述べ、意見が分かれるような問題については、ごく皮相な見解だけを表明した。候補者百二十五人を対象にしたある調査で、八十八人の候補者が、政策はキャンペーンの中心ではない、と告白した。その理由として、彼らの半数は、「候補者がみんな安全で論争の余地のないことばかりを言っているから、誰の主張も似通っている。どの候補者も有権者から反発されることを言いたくないからだ」と言った。
 その結果、候補者は、有権者の間に政策論争によって波風を立たせず、いかに信頼感を醸成するか、ということに選挙戦略を移していった。政策についての立場の説明より、その政策を実行する能力があるのかどうか、あるいは、それを訴えるスタイルやイメージの方がより重視されたのである。

過半数近い票を集めないと当選しない小選挙区制で有効な戦略は「反対する人がほとんどいないことだけを主張」になる。
それはつまり「もっと子育てのしやすい国に!」とか「経済を安定させて失業率を下げます!」とか「安心して暮らせる町づくり」とかの、耳ざわりはいいけど「できるならとっくにみんなやっとるわ」という空虚なスローガンを並べるだけになってしまうということ。
「増税すべきか」「改憲は必要か」「米軍基地をどうするか」「原発はなくすべきか」みたいな真に必要な議論は、それが有権者を賛成と反対に二分する性質のものであるがゆえに大政党には避けられる。

その結果、大政党の唱える政策は似たり寄ったりになる。
少し前に自民→民主→自民と二度の政権交代があったけど、それぞれを支持していた人たちに「自民党と民主党の政策って何が違うんですか?」と聞いても、ほとんどは答えられなかったんじゃないかな。

さらに小選挙区制だと大政党に属しているほうが圧倒的に有利だから、いろんな候補者が大政党に集まってくる。その結果、自民党内が極右から中道左派までいろんな思想の持ち主の寄せ集めになって、ますます有権者には政党ごとの政策の違いがわからなくなる。

政策に違いがないから、選挙はイメージだけで戦うことになる。
それを肌で理解してうまく利用したのが小泉純一郎であり、民主党(現・民進党)はイメージだけで政権をとってイメージが悪化して没落した。
選挙では具体的な政策に言及することを避け、無難なことだけ言って自分のイメージを守りつつ、対立候補のイメージをいかに下げるかが重要になる。なんともつまらない選挙だ。

さらに大きな問題は、「改憲します!」とか「共謀罪つくります!」とか「増税します!」とかの本来なら選挙で国民に信を問うべき重要な問題が、選挙が終わってから議題に上がるってこと。
有権者からすると不意打ちで出されるわけだから「そんなこと選挙のときに聞いてませんけど。そうと知っていたら票を入れなかったのに」となり、ますます政治不信が強くなる。

小選挙区制を導入したときはこんなことになるなんてほとんどの人が予想していなかっただろうなあ。

選挙にカネがかかるのを解消するための小選挙区制導入だったわけだけど、結局カネがかかることには変わりはないし、汚職は別の法律で抑止すればいいわけだし、つくづく小選挙区制って害悪だらけに思える。
(派閥政治ってかつては害悪とされていたけど、今の状況を見ると民主主義的でいいやり方だったんだなあと思う)


これだけ情報化が進んでるんだから、もっと大きい選挙区単位で政治をやったほうがいいんじゃないのかなあ。
そもそも国政選挙なのに地元を代表するってのがおかしな話だし。

ま、小選挙区制はいつの時代も与党に有利にはたらくわけだから、改革される可能性は低いだろうけどね。



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2017年7月2日日曜日

男の子の成長を見ること


3歳の娘が通う保育園の参観日。

参観日は楽しい。
自分の子どもを見るよりも、他の子の成長が見ていて楽しい。

朝は娘を保育園まで送り届けているので、同じ時間帯に登園してくる子たちとは頻繁に顔を合わせている。
また、休みの日によく公園で会う子もいる。
でも一部の子はまったく会わない。
運動会とか発表会でしか見ないので、久々に見ると「おお。あの子がこんなに大きくなったのか」と感慨深いものがある。
我が子は毎日見ているので、特に成長を実感することもないのだけれど、よその子を見て「子供の成長って早いなあ」としみじみ思いを馳せることになる。


だから参観日では自分の子より他の子ばかりに目がいってしまう。
で、3~4歳クラスの子を見ていて思ったんだけど、ほんと男の子って手がかかるなあ。

いろんな子がいて、先生の話を聞かない子、急にふらっと教室を出ていこうとする子、参観に来ているお母さんにしがみついて離れない子、呼ばれてもわざと無視する子、さっきまで元気に遊んでいたのに突然スイッチが切れたように周囲の呼びかけに答えなくなる子。それがことごとく男の子なのだ。
女の子にも多少の差はあるけれど、極端に枠からはみだした子というのはいなかった。
たぶんそのクラスの話だけではないと思う。

でも先生の話を聞いていると、そんな男の子たちも、ふだんはそれなりに先生の言うことを聞いて生活しているらしい。
どうもいつもより手のかかる子になっていたようだ。

ここからはぼくの推察なんだけど。
どの子も参観日だから緊張していた。
でもそこからの対応に性差があって、女の子は保護者が見にきているからふだんよりいい子にふるまう、男の子は親の前でいい子にするのがなんとなく恥ずかしくていつもより問題を起こす、ってな感じなんじゃないだろうか。
晴れの舞台ではええかっこするのが女の子、いらんことするのが男の子。


うちの子は女の子で、もちろん駄々をこねたりわがままを言ったりたいへんなときもあるけど、同じクラスの男の子を見ていると「あそこはもっとたいへんだろうなあ」と思う。

一姫二太郎とはよくいったもので、特に一人目の子どもに関しては男の子のほうが女の子よりもはるかに手がかかると思う。



ところで他の子どもを久々に見ると成長を感じられるように、他の子のお父さんお母さんを見るのも、成長を感じられて楽しい。
たとえばある男の子のお母さん。
男の子は活発な子で、制止も聞かずに走り回ったり、他の子に意味もなく「あほー」と言ったりする、まあいわゆる悪ガキだ。
その子のお母さんはまた繊細そうな人で、子どもがいたずらをするたびに逐一「そんなこと言わんの!」とたしなめ、周囲には「すみませんすみません」と謝ってばかりいた。
ぼくは「しょせん幼児のいたずらなんだからそんなに卑屈にならなくていいのに」と思っていた。
話を聞くと、そのお母さんは男兄弟がいないので「男の子の生態」を間近で見たことがなかったらしい。
「うちの子、いつもこうなんですよ。ずっと注意してるんですけどね。ほんとなんでうちの子だけこんなに私や先生の言うこと聞かないんでしょうねえ……」
と深刻そうな顔をしているお母さんに、ぼくは気休めではなく本心から
「まあ男の子ってそんなもんでしょ。ぼくも人の話なんかまったく聞いてませんでしたし。今もそうですけど」
と答えた。


そんなお母さんが、久々に会ったらずいぶんタフになっていた。
男の子が悪さをしても、低い声で「あかん!」と一喝したり、無視して目をそらしたりしていて、ちょっとぐらいのいたずらでは動じないお母さんになっていた。
たいへん喜ばしいことだ。

元男の子のぼくは、自分がそれほど道を踏み外さずに大人になれたのは単に運が良かったからに尽きると思っている。一歩まちがえば死ぬかもしれないこと、警察にお世話になるかもしれないことをいくつもやっていた。たぶんほとんどの男の子がそうであるように。
男の子が死ぬかどうか、警察のお世話になるかどうかは運の問題でしかない。
だから、男の子の母親なんて図太くないとやっていけない。

こういう所にはのぼらずにはいられないのが男の子の習性


近所に、7歳の長男を筆頭に、男の子3人を育てているお母さんがいる。
もう「ザ・肝っ玉かあさん」という感じの人だ。
息子がこけても泣いても血を流しても「はっはっは。ケガしてもうたなあ。よう洗っときやー」と大らかに笑っている。
一方、息子が他の女の子を泣かせたときには鬼の形相で叱りとばしている。
理想的な「男の子の母親」だと思う。
このお母さんの元でなら、きっと3人の息子たちもすくすく育つことだろう。運が良ければ