2017年4月7日金曜日

【読書感想エッセイ】 小松左京・筒井康隆・星新一 『おもろ放談―SFバカばなし』

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小松左京・筒井康隆・星新一
 『おもろ放談―SFバカばなし』


1981年に刊行の対談集。もちろんとっくに絶版。

どうですか、このメンバー。一部のファンにとっては垂涎ものでしょう。
20年くらい前に古本屋で買ったもので、ぼくの宝物。
主にしゃべってるのは小松左京・筒井康隆・星新一の3人だけど、他にも平井和正・豊田有恒・矢野徹といったSF作家もときどき参加。
久しぶりに読み返してみたけど、おもしろいなあ。

筒井 まあ、しかし最近世界各地でたくさん飢えて死んでますね。あれ、ひとまとめにして埋めときゃ石油になるのかな(笑)。
小松 そんなに早く石油になるもんか(笑)。まったくもう、血も涙もないな(笑)。
筒井 とにかくね、人間が死んでそのままというのがもったいないんですよ。死にかけてるのを日本へつれてくればね、古々米はいっぱいあるし、残りものでもなんでも食わせてやれば大きな労働力に(笑)。
小松 ひどいことを(笑)。ヒューマニズムのかけらもないな(笑)。
 しかし、本人たちにしてみれば、飢え死にするよりはいいかもしれんぞ。

はっはっは。不謹慎だなあ。
まちがいなく今だったら掲載できないな。冗談と本気の区別がつかない人が多いから。
いや、そこの区別がつかない人は昔もいっぱいいたんだろうけど、無視してたんだろうな。「ばかが文句言ってるわ。ほっとけほっとけ」ってな感じで。

ちょうと最近、筒井康隆が不謹慎なことをTwitterで言ったといって炎上していた。
まあ不謹慎な発言だし、怒る人がいるのもわかる。ぼくも、褒められた発言だとは思わない。
でも筒井康隆は何十年もこんなことを言い続けてきた。本に収録されているだけでもこんなんだから、現場ではもっと俗悪なことも言ってたんだろう。
当時と違うのは、今はこういう発言を拡散したり記事にしたりして、それを聞いて嫌がるであろう人に「あいつがあんなこと言ってますぜ。言わせてていいんですか」とわざわざ届けにいくゲスい人がいること。そのための手段があること。

ものを表現している以上、誰かを傷つけるリスクはつきまとう。表現者は、それに対して責任を負うべきだと思う。
でも、「代憤(ぼくがつくった言葉。当事者の代わりに勝手に憤慨すること)」をしてるやつはまったく相手にする必要がない。
地震の被災者を冒涜するような発言があったら、被災者は大いに怒ったらいい。謝罪を要求したらい。
でも、被災者でもないのに「被災者の気持ちを考えろ! 謝罪しろ!」と怒ってるやつは、他人の怒りを横取りして溜飲を下げたいだけのクズだから無視すればよい。
身内向けに語られたちょっと不謹慎な発言を「こんなこと言ってるやつがいる。被災者の反発が予想される」なんて煽り文付きで広めようとする記者は、自分で火をつけておきながら第一発見者になる放火魔といっしょだから、火あぶりにされればいい(言いすぎた)。


とにかく、代憤が嫌いだ。それを煽るやつも嫌いだ。
だってみんなトクしないじゃない。
怒ってるやつも、怒られてるやつも、知らなくてもいい不愉快なことを聞かされる本来の被害者も、イヤな気持ちになるだけ。
それを記事にした放火魔だけが第一発見者としてお手柄をあげられてトクをするけど。



「人間を食って何が悪いのか」という話。

小松 ひとつ問題があるのはね、そこでやっぱりヒューマニズムが踏んばらなきゃいけないのは死んだら食ってもいい、しかし生きている人間をぶっ殺して食うのはいかん、つまり食う側の人間と、食われるための人間とを作っちゃいけない、ここを頑張らなくちゃいかん。
筒井 しかし、食われるためのクローン人間を作った場合は、しかたないでしょう。
小松 クローン人間ができるのはまだまだだから、むしろヴァン・ヴォグトの『虎よ虎よ』に出てきた、ニワトリの肉の組織培養、あの方が簡単だろ。
 そんなら、たとえばガンだって、どんどん作っちゃ切り、作っちゃ切りして食えばいいんだな(笑)。
筒井 あれ、食っても大丈夫かな。
小松 一応、焼いて蛋白として食やあ、なんにもねえだろ。ガンのオドリ食いってのはよくないけどね(笑)。
筒井 いやあ、どうせなら、ナマのまま塩もみして、酢のものにして食えば(笑)。
小松 ばか、ばか、やっぱりサッと湯通しぐらいはしろ(笑)。
 人間を食ってはいかんというのは、今、野坂が「四畳半裁判」にかかってるけど、あれと同じだろ。結局もとは(笑)。人間食ってなぜ悪い。
小松 そうなんだ。この問題、とにかく意識の上で突破しなきゃな。不思議な思想だけど、こういうのがあるんだ。紀元前七世紀、ゾロアスターが、最後の審判、つまり最終戦争みたいなものがあって、そのあと人間は復活する、そういう思想を出した。その復活する時にボデーがないと大変である(笑)。その前にも、エジプトでも同じ思想が出てる。それで死体を損壊したらいけないということになったんだな。一方じゃラマ教か何かの風葬みたいに、死体を鳥に食わせるというやつもあるが、これだとエコロジカルサイクルに入ってくる。とにかく、焼くってのがいちばんいかんよ。炭酸ガスになるだけだ(笑)。
 焼くだけのエネルギーもいるしな(笑)。

ばか話をしてたのに、急に知識を放り込んでくる小松左京。
小松左京って知の巨人とか言われてたけど、そういうすごさって書くものより会話に現れるね。とっさに関連知識を引き出せるってのはすごい。

深く考えたことなかったけど、死んだ人間を食うのってそんなに悪いことじゃないよな。もちろん心理的抵抗はあるけど、ちょっと訓練したらその抵抗は取り払えそうな気がする。
今のところは食うに困ってないから必要ないけど、『ひかりごけ』みたいな状況になったときに意識の切り替えができるだろうか。
そうなったときに「ゾロアスター教やエジプトの復活思想があるから食ったらいけないと思われてるんだ」という知識を持っていれば、案外切り替えができるかもしれない。
こういう何の役にも立たなさそうな知識が、極限状態の命を救うかもしれない。



反体制運動について。

小松 反体制運動が続いているけれども、なぜ先進諸国で完全にひっくり返すことができないかというと、実は情報がありすぎるからではないだろうか。たとえばベトナム報道でもそうなんだけれども、これでもかこれでもかと写真を出していると、またか……というんで飽きちゃうんだ。今度は何か知らないけど、資生堂のビッグサマーのほうがいいぞ……ということになっちゃう。
 純粋な反体制がなくなって、売名や利益に結びついちゃっているところがあるな。反体制で新しいことをおっぱじめると、すぐテレビが飛んでくるわ、週刊誌がくるわ……(笑)。ということは、テレビでやれば視聴率も上がってスポンサーも儲ける、雑誌社がそれを広告媒体に使って儲ける。もう、すぐ体制側に組み込まれちゃって、本人もそれでタレント気どりでいい気持になって……。どういうのかなあ。すぐ体制に組み込まれちゃうシステムができちゃったせいじゃないかな。
小松 だまってコツコツやらにゃいかんですよ。
筒井 もっとも、弾圧すればするほど強くなるんですね。あれはいじめないから全然強くならないわけで、むしろそれを育ててやろうというんで、保護的傾向がある(笑)。

SEALDsなんかも見てて思ったけど、反体制運動ってむずかしいよねえ。
権力をひっくり返そうと思ったら、武力だとかお金だとか人気だとかが必要になる。それってつまり、ひっくり返す側も権力を手にするということ。そうなると広い支持は得られなくなるし、権力をめぐって内部紛争も起こる。
そうなると社会党みたいに分裂をくりかえして縮小するか、共産党みたいに「確かな野党」として勝利をあきらめるか、公明党みたいに反体制のふりをしたまま体制につくかしか道はないような気がする。

筒井康隆が言ってるように、弾圧すればするほど結束も固くなって強くなるんだろうな。生死にかかわるような弾圧を受けていれば、少々の考えの違いがあっても目をつぶって団結するしかないもんね。

治安維持法で捕まって獄死した牧口常三郎(創価学会の初代会長)とか、社会主義者だったために処刑された幸徳秋水とか、そういう不遇な目に遭った人がいたからこそ、活動が盛り上がったのかもしれない。
今の日本だと、何を言っても殺されることはないもんね(たぶん)。自由にものが言えるからこそ、逆に発言の重みはなくなって運動を主導する力もなくなるように思う。
イエス・キリストが磔になって殺されてなかったら、はたしてキリスト教がここまで世界中に広まってたかどうか。

逆に言うと、権力を握る側にしたら、言論や思想の自由を与えるほうが体制を守ることになるのかもしれない。
身の危険を感じずに自由にものが言える環境だったら、命を賭してまで体制をぶっこわそうとは思わないもんね。

気に入らないやつには、そこそこいい地位を与えてやる
これこそが賢い権力者のやることかもしれない。



幼稚園の話。

筒井 今の幼稚園、たいていカトリックかプロテスタントかどっちかでしょ。あれももっと、いろんな宗教の幼稚園作れば面白いですよね。邪教のさ(笑)。なんだっけ、ほら、アモン神の、ツタンカーメンとかね(笑)。拝火教なんて。子供がゾロアスター拝んでるの。豚の頭とか(笑)。
小松 大きくなると放火魔になるんだ(笑)。
 今にアラブが作るな。カトリックに対抗して(笑)。イスラム幼稚園(笑)

(中略)

 似たようなものですよ(笑)。フロイト幼稚園(笑)。
筒井 マルクス幼稚園(笑)。
 ソ連も作るべきだな、日本みたいに(笑)。
筒井 ソ連の幼稚園はもともとそうなんだ(笑)。
 だから日本に出店を作るんだ(笑)。

この後「神道の幼稚園がないから靖国神社幼稚園を作ろう」なんて冗談を言い合ってるけど、最近冗談じゃなくほんとにやっちゃった一派があったからなあ。

酒の席でするような、ほんとにくだらない話が満載。
「どんな入れ墨をするのが面白いか。背中にへその入れ墨なんてどうだ」とかね。

小説はけっこう残るけど、こういうばか話はほとんど後世に残らない。
「昭和時代の人が酒を飲みながらどんなばか話をしてたか」ってのを後世に伝える、貴重な史料だね。



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