2017年4月7日金曜日

【読書感想エッセイ】 川端 裕人『PTA再活用論―悩ましき現実を超えて』

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川端 裕人『PTA再活用論―悩ましき現実を超えて』

内容(「BOOK」データベースより)
「親」どうし、顔を見て、一緒に仕事をするというのは、すごく健全なことだ(著者)。大変化を迎えた公教育の一断面をリアルに見すえた力作。忘れられた「PTA」を蘇らせる処方箋とは。

2008年刊行。
「きちんと調査したこと」と「個人的体験」が入り混じって書かれているので読みづらかったけど、PTAの問題についてはこの1冊でだいたいわかるんじゃないでしょうか。

PTAは交通安全協会とはちがうのか


最近、「PTAに入るかどうか」がちょっと話題になってるみたいだね。
そんな議論が出るまで「PTAは任意加入」だってこともぼくは知らなかったし、まして「任意加入なのに保護者の意志も聞かずに勝手に加入させる」こともあると聞いてびっくりしました。
勝手に加入させるって、もう詐欺集団じゃないか(全部のPTAじゃないにせよ)。

PTAに関する議論を耳にして、ぼくは交通安全協会を思いだした。

運転免許を取得したとき、「運転免許申請費」と「交通安全協会加入費」を払うように言われた。
ん? なんだこれ? 免許申請費があるってことはそれさえ払えば免許はとれるのでは?
単純に疑問に思った(そのときは交通安全協会のことをまったく知らなかった)ぼくは、窓口のおばさんに「交通安全協会ってのは加入しなくてもいいんですか?」と訊いてみた。
するとおばちゃんは急に血相をかえて、「加入は義務じゃないですけどねっ。でもみなさん入っていただいていますよっ! 交通安全協会はうんたらかんたら……」と怒りの説明をはじめた。それを聞いて「あ、これはヤバい団体だな」と察して「加入しません」と言った。「みんなやっている」を押し文句として使うやつは、ろくでもないものを売りつけようとしていると相場が決まっている。
おばちゃんはその後も「んまあ、我らが交通安全協会に入らないなんて何考えてるのかしら……」みたいなことをつぶやいていた。

その後「交通安全協会は警察OBのための天下り組織だから金を恵んでやる必要はない」という認識が広まって、「まるで義務であるかのような加入のさせ方」は、ぼくが知っているかぎりなくなった。
いや、交通安全協会の組織や活動を否定するわけじゃないんだけどね。騙して加入させようとする手口が悪質だったから嫌いなだけで。


だからまずぼくが思ったのは、「PTAってのも誰かの金儲けのためにある集団なのかな?」ということだった。
でも、どうやらそうではないみたいだ。



PTAの負担ってどれぐらい?


作者の川端裕人さんは、小学生の親として、PTAの役員をやったことがあるそうだ。
PTAの役員業務の負担について、こう書いている。

 やったことがある人でないと分からない、と経験者は言うけれどたしかにそうだ。
 そこで「数字」の力を借りる。「大変さ」の質はさまざまだが、定量化できる部分は定量化しておきたい。日々の役員業務を書き留めたいわば「航海日誌」から、PTA活動に費やした時間を抽出してみた。
 その数字は――、年間166日、計403時間だ。
 これは学校に赴いての仕事や対外的な会議などでの「拘束時間」であって、PTAについての個人的な勉強、自宅に帰ってからの連絡仕事、文書作成、さらには「自分がやりたい企画のための調査研究」などの時間は入っていない。
 この「数字」を述べた時に、役員経験者は「そんなものね」と首を縦に振り、非経験者は「そんなのありえない」と呆然とする。

年間166日!
1回あたりの時間は長くないとはいえ、主婦がパートに出る日数より多いぐらいだ。

さらに、個々の学校のPTAの上位組織として日本PTA全国協議会というものがあり、その役員(これも保護者の中から選出される)にいたっては年間700時間ぐらいの拘束もあるという。

この時間を仮にパートにあてていたら数十万円。さらに1校あたりの役員は数十人いるから、1つの学校につきざっと1千万円。日本全体でどれだけの小中学校があるのか知らないけど、全国規模で見たら数千億という額になるだろう。
賃金換算するととんでもない労働が、ボランティアという名前の半強制システムによって吸い上げられている。

ぼくは震えあがった。
これだけの労働を搾取され、しかもそれが「ベルマークを切って貼る」という不毛な作業に費やされるなんて!

うちの娘はまた就学前だが、PTAにはぜったいに入るもんか!
同調圧力には負けないぞ!
と拳を握りしめた。



PTAって必要なの?


そもそもPTAってなんなのか。
いや、知ってはいる。Parent Teacher Associationの略だろう。すなわち保護者・教師連盟。
ぼくが小学校のときもあったし、母が役員をやったこともある。
母は「みんなやらないといけないのよ……」とため息をつきながらもPTAの集まりに参加していた。さいわい母は専業主婦で時間の余裕もあったし経済的にも困窮していたわけではなかったから、負担は大きくなかっただろう。

でも両親とも正規雇用で働いている家庭や、貧困や離婚や病気といった事情を抱えている家庭ではPTA役員をする負担は大きいし、だからといって個々の事情を勘案していては役員選びは余計に難航するだろう。


そこまでたいへんなPTAだが、小学生のぼくには、何をやっている組織なのかまったくわからなかった。学校の一室に集まってお茶を飲みながらおしゃべりしているおばちゃんの集まり。それぐらいの認識だった。
いや、大人になった今でもPTAが何をやっているのかわからない。
「やらないといけない」という情報はあるのに、「何をやっているか」はほとんど伝わってこない組織、それがPTA。
そもそも Parent Teacher Association なのに Teacher のイメージはまったくないぞPTA。

筒井康隆の作品に『くたばれPTA』という小説があったけど、あれは必ずしも筒井康隆だけのゆがんだイメージとは言い切れない。けっこう世間一般にも「くたばれ」とまではいかなくても「PTAはなくてもいい」というイメージがあるんじゃないかな。



PTAの歴史について。
GHQ(マッカーサーのアレね)からPTAを作ることが推奨され、PTAは「保護者と教師が共に学んでいく場」として誕生したらしい。

 そして、この場合、「成人教育」はとりあえず脇に置かれて、「子どものために」がクローズアップされるのがごく自然だった。戦後の貧しい時代だから、教員の生活補給金や、学校給食の実施、学校のさまざまな備品、図書館の整備のためなどの費用をPTAが負担せざるをえなかったという。
 こと給食に関しては「PTAなくしては学校給食なし」という地域が多く、「公立校ではなくPTA立校」と揶揄された。PTA会長には、集金能力に長けた地元有力者が就任し、いわゆる「ボス会長」が続出した。学校側もPTAに対して頭が上がらず、一方、保護者側も金銭的な負担にあえぐことが多々あった。
 日本が高度経済成長期を迎え社会が豊かになりつつあった60年代後半に状況が変わる。東京都の場合、67年、東京都教育長が各教育委員会に対して、義務教育の学校にかかる費用は公費負担として、PTAから寄付金を受け取らないよう指導した。また、それを実現するために必要な予算措置もとった。

なるほどねえ。
当初は重要度の高い組織だったんだね。この頃は「PTAなんかなくてもいい」という人はいなかっただろうねえ。
昔の貧しい家庭で育った人が「1日3食のなかで給食がいちばんまともな食事だった。ぼくは給食で大きくなった」なんて書いているのを読んだことがある。その給食を支えていたのがPTAだったんだねえ。

1960年代、日本全体が豊かになってきたことでPTAの支援がなくても学校教育にかかる費用は公費でまかなえるようになり、このへんからPTAの活動目的もあやしくなってくる。
教育を受けられることはあたりまえのことになり、「より質の高い教育」のための活動に向かうこととなる。
悪書追放運動を起こし、1978年には『テレビ番組ワースト7』を発表して改善がない場合は番組スポンサーの不買運動を起こしたという。
おそらくこういった活動が「子どもの楽しみを奪おうとする偏狭な考えのおばちゃん集団」のイメージをつくったのだと思う。
筒井康隆の『くたばれPTA』もこういった時代背景を受けて書かれたものだろう(たしかに筒井康隆には "悪書" も多いが、筒井康隆を読む子は賢い子だと思うけどね)。
手塚治虫もPTAの悪書追放運動のやり玉に挙げられたらしく、『鉄腕アトム』までもが非難の対象になっていたそうだ。今では多くの学校の図書館に手塚治虫作品が置いてあることを考えると、時代は変わったなあという印象だ。

ぼくが子どもの頃に『クレヨンしんちゃん』がヒットしたけど、あれもPTAから攻撃されていた。まあPTAが攻撃すればするほど話題にもなるし子どもは見たくなるだろうから、敵に塩を送っているだけなんだけどね。
とはいえ、「何をやっているのかわからない」けど、とにかく「子どもの楽しみを奪おうとする」というPTAのイメージは、ぼくが少年時代を送った1990年代には完全に定着していた。

PTAの悪口を言う人はいっぱいいても、「PTAがあってよかった!」と口にする人はいない。
おまけにみんなやりたくないのに半強制的に役員をやらされている。

じゃあいったい何のためにある組織なんだ?



結局悪いのはぼくらなんだけど


ぼくはPTA未経験だが、保育園の「保護者会の役員」というものは経験した。
保育園の行事のお手伝いをする係だ。

1年やって、ぼくも妻も不満がいっぱいあった。

  • 毎年役員のメンバーが変わるんだから、ちゃんとマニュアル作ろうよ。そのときはたいへんでも翌年以降は楽になるから。
  • 重要なことは口頭じゃなくて書面で伝えましょうよ。
  • すべての行事に全役員が参加することないでしょ。せっかく手伝いにきてもらったのに明らかに手持ち無沙汰な人いるよ。交代でやろうよ。
  • 会議のために集まってるけどほとんど確認作業だけなんだからメールとかチャットワークとかで良くない? みんな働いてるんだし。
  • なんで事前に出欠確認とらないの? 人数を把握しといたほうがぜったいに当日スムーズにいくじゃない。
  • ある程度の人が集まったらモラルにばらつきが出るのはあたりまえなんだからどうしても守らせたいルールは明文化しておこうよ。

とかね。
どれも、仕事だったらできててあたりまえのこと。
でもそのほとんどは、家の中で愚痴をこぼしただけで改善の提案はしなかった。
いくつかは提案してみたけど、保育園側から「今まではこうやってきたから……」というわけわかんない理由で反対されて、「あ、そうですか」とあっさり引き下がった。

こんな顔になった


だってどうでもいいもん。
どうせ来年はうちが役員じゃないし。
来年以降の役員の苦労を取り除くために、わざわざ波風立てたくないし。
マニュアル作るのに苦労するのは自分だから、反対されてまでやりたくないし。


こうやって世の中は悪くなっていく。




PTAは変わりつつある(一部では)


「PTAは必要なのか?」という疑問を持った人はいっぱいいるようで、この『PTA再活用論』が刊行されたのは2008年だけど、その時点でさまざまな改革がなされていることが紹介されている。
「参加自由形」で「自由にものが言える風通しのよい雰囲気」で「保護者が楽しく活動」していて「保護者も一緒に学んでいける」場であるPTAがあるのだとか。

まあ、そういうとこもあるんでしょう。
やる気に満ちあふれていて、周囲の人をまきこむ魅力があって、行動力のある人というのはけっこういると思う。

しかし、大多数はそうではない。
PTAは基本的には学校ごとに独立した組織だから、日本のどこかにすばらしいPTAがあったとしても、自分の校区がそうでなければ意味がない。

 本当は義務ではないことが義務として成立してしまい、やりたくなくてもやらされる。自立した市民どころか、自発意識を削がれ諦めモードに入って身を守る者が続出する。そんなことが常態である共同体のモデルを容認していいのだろうか。ぼくの表現でいえば、2000万人近い人たちがかかわる、きわめて大きな「現象」がPTAだ。「特殊な場所での特殊事例」として済ませるわけにはいかない。これが当たり前の社会など、想像するだけで、息が詰まるし、恐ろしい。
 つまり、ぼくはPTAの潜在力に強い期待を抱きつつ、今のままだと「社会を悪くする」と懸念する。そして、期待と懸念は実は表裏一体で、良い方向に進めるのも、悪い部分を正すのも、同時に取り組まねば何も変わらないと感じている。

この文章が、PTAの抱える問題をすべて表していると思う。


自分の子どもが通う学校のためなら、少々のめんどくさいことを引き受けたっていい。
地域の子どもが喜んでくれるなら、ただ働きをしてあげることもやぶさかではない。

ぼくはそう思っているし、たぶん世の中の保護者もだいたいそんなもんだろう。

ただ、問題は「どの程度の労務を提供しなければならないのか」であり、「それが本当に子どものためになるのか?」である。
月に1~2回手伝うぐらいならいいけど、1年に100日以上も学校に行きたくはない。
運動会のお手伝いならするけど、「悪書追放運動」には加担したくない。

これはつまり「参加が義務化されている」から起こる問題で、「自分が参加したい活動だけ参加する」という制度であれば問題にはならない。

というわけで、結局最初に書いた「任意団体なのに強制的に加入させれらる」という問題に還ってくるんだねえ。



著者は「強制的に加入させられることがあってはならないけど、でもなるべくみんなに入ってほしい」と書いています。
ぼくも同じ立場だ。

さっき「PTAにはぜったいに入るもんか!」と書いたけど、ちょっと思い直した。

とりあえず、自分の子どもが小学校に入るときには、入会も検討してみようと思う。でも何も考えずに入ることはしない。
ちゃんと活動内容の説明を受けた上で、入るかどうかを検討しようと思う。

積極的に変革をするまではいかなくても、無条件に加入する人が減ればPTAも無駄の少ない魅力的な組織に変わらざるを得ないんじゃないかな。



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