2017年2月17日金曜日

【読書感想文】 東野 圭吾 『新参者』

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東野 圭吾 『新参者』

内容(「BOOK」データベースより)
日本橋の片隅で一人の女性が絞殺された。着任したばかりの刑事・加賀恭一郎の前に立ちはだかるのは、人情という名の謎。手掛かりをくれるのは江戸情緒残る街に暮らす普通の人びと。「事件で傷ついた人がいるなら、救い出すのも私の仕事です」。大切な人を守るために生まれた謎が、犯人へと繋がっていく。

東野圭吾さんの『加賀恭一郎シリーズ』。
加賀恭一郎シリーズといえば『どちらかが彼女を殺した』『私が彼を殺した』のような実験的なミステリのイメージがあったけど、最近では『赤い指』のように社会派のミステリに傾いてきている。

切れ者の加賀刑事が登場するこの『新参者』、正直にいって、ミステリとしては退屈な部類に入る。
『悪意』『容疑者Ⅹの献身』『聖女の救済』のようなあっと驚く仕掛けはない。
『秘密』『変身』『分身』のような、奇抜な設定があるわけでもない。
殺人事件が起きて、刑事がいろんな人に話を聞いていくうちに、徐々に謎が解き明かされていくというストーリー。
殺し方も平凡な絞殺だし(いやじっさいは平凡じゃないけどミステリとしては平凡)、密室でもないし、犯人は偽装工作を仕掛けたわけでもないし、アリバイトリックがあるわけでもなければ叙述トリックがあるわけでもない。被害者も犯人もどこにでもいるような市井の人だし、最後に明らかになる殺人の動機も凡庸。
ないない尽くしで逆に新鮮なぐらい。

ミステリ小説を構成するおもしろ要素が何にもない。
じゃあつまらないのかというと、おもしろいんだな、これが。



東野圭吾さんはもう押しも押されぬ大作家。
その大作家のテクニックで調理したら、派手さのない素材でもこんなにおいしくなってしまう。
志賀直哉、O・ヘンリー、阿刀田高、ジェフリー・アーチャーらの"短篇の名手"と呼ばれる人は、大したことのない日常のふとした出来事を、見事な短篇に仕上げてしまう。
東野圭吾さんもそんな領域に達している。
ミステリ作家としてだけでなく、小説家としても超一流になった証だね、こういう地味だけどおもしろいミステリを書けるのは。


『新参者』は、殺人事件を軸にストーリーが進むけど、大部分は「日常の謎系ミステリ」。
「キッチンばさみがあるのに新しくキッチンばさみを買ったのはなぜだろう」といった小さな謎を加賀刑事が解き明かしていく。
こうした謎はほとんど殺人事件とは関係ないが、それらの積み重ねの末にたどりつく真相。
その真相には東京下町の人々の人情がにじみ出ている……、というちょっと風変わりな味わい。

読みながら「なんか落語みたいな雰囲気の小説だな」と感じていた。
落語には滑稽噺とか怪談噺とかいくつか分類があるが、その中に人情噺というジャンルもある。
笑わせながらも最後はほろりとさせてくれる噺。
『新参者』は落語ではないので笑いはないけど(でも東野圭吾は笑える小説を書くのもうまいけどね。『名探偵の掟』シリーズは傑作!)、笑いの代わりに謎があり、サゲの代わりに真相がある。
人情噺ならぬ人情ミステリだね。
そういやO・ヘンリーも人情ミステリが多いな。

ミステリとして読むと肩透かしを食らいそうな小説だけど、人間の情や業を描いた短篇小説集だと思って読むと、しみじみとさせられる。

「奇抜な設定もトリックも意外性ないミステリなのになんでおもしろいんだろう」
これこそがいちばんのミステリであり、東野圭吾という実力者の仕掛けたトリックなのかもしれないね。


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