2016年1月28日木曜日

【読書感想文】橘 玲 『「読まなくてもいい本」の読書案内 ー知の最前線を5日間で探検するー』

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橘 玲『「読まなくてもいい本」の読書案内 ー知の最前線を5日間で探検するー』

内容(Amazonより)
20世紀半ばから“知のビッグバン”と形容するほかない、とてつもない変化が起きた。これは従来の「学問」の秩序を組み替えるほどの巨大な潮流で、少なくとも100年以上、主に「人文科学」「社会科学」という分野に甚大な影響を及ぼすことになるだろう。この原動力になっているのが、複雑系、進化論、ゲーム理論、脳科学、ICT(情報通信技術)などの爆発的な進歩だ。本書では、5つの分野に分けて何が起きたかを解説、「読まなくていい本」を案内することで読むべき本が浮かび上がる構造になっており、これ一冊で効率よく知の最前線を学ぶことができる。


あとがきで橘玲がこう書いている。

 古いパラダイムでできている知識をどれほど学んでも、なんの意味もない。
 一九八〇年代には、NEC(日本電気)が開発したPC ─ 9800が日本ではパソコンの主流で、 98(キュウハチ)のOSを専門にするプログラマがたくさんいたけれど、マイクロソフトの Windows の登場ですべて駆逐され、その知識は無価値になってしまった。哲学や(文系の)心理学は、いまやこれと同じような運命にある。「社会科学の女王」を自称する経済学だって、「合理的経済人」の非現実的な前提にしがみついたり、複雑系を無視してマクロ経済学の無意味な方程式をいじったりしている学者はいずれ淘汰されていくだろう。

この本の主張はほとんどこれに要約されている。
ぼくが大学時代、一般教養の授業で「囚人のジレンマ」に代表されるゲーム理論や、マルクス経済学や、フロイトやユングなんかを学んだ。講義で指定されているテキストは何十年も前に発刊されたものだった。
コンピュータの世界だと、十年前のテキストなんか何の役にも立たない。
ところが経済学や心理学の世界では、へたしたら百年前の理論が幅をきかせていたりする。あれだけ多くの人が研究しているのに、何の進歩もないのか?
まさか。

もちろん古いものが役に立たないわけではない。ダーウィンの進化論は(誤りもあるにせよ)大枠のところでは今でもさまざまな進化論の土台になっている。
だが、この本では、こんな例を説明している。

 フロイトは一九世紀末のウィーンの女性たちに蔓延していたヒステリーの治療から、無意識の影響力の大きさに気がついた。そして、神経症の原因は社会的・文化的に禁じられている欲望を無意識に抑圧しているからだという精神分析理論を唱えた。
(中略)
だがフロイトの評価が難しいのは、そこから先の理論がほとんど間違っているからだ ─ ─ それも、とんでもなく。
 エディプスコンプレックスなんてなかったし、女の子は自分がペニスを持っていないことで悩んだりしない。どのような脳科学の実験からもリビドー(性的エネルギー)は見つからないし、意識が「イド、自我、超自我」の三層構造になっている証拠もない。夢は睡眠中に感覚が遮断された状態で見る幻覚で、抑圧された無意識の表出ではなくたんなる「意識」現象だ。

役に立たないならまだしも、誤解を生むだけのまちがった理論がずっと教育の現場では栄えつづけていたりする。
ぼくが中学校のときの教科書には「原子はそれ以上細かく分けることができない。ある原子から新たにべつの原子をつくることもできない」と書いてあったが、もちろんこれは真っ赤な嘘だ(たぶん今の教科書にも書いてあると思う)。
古い教科書で学んだ人が教師になり、自分が教わったことをそのまま次の世代にも教える。教科書を作っている人も今の研究なんか学んでいないから、何十年たっても何も変わらない。
新しいことをやっている人は学生に教えている時間がないし、教えている人は新しいことを学ぶ時間がない。

ぼくは学生のとき、リチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』と池谷裕二の『進化しすぎた脳』を読んで、めまいがするほどの衝撃を受けた。
新しい知見を得て、学校で習ってきたことはなんだったんだ、と思った(ドーキンスはそのときでもすでに生物学の世界では古典だったけど)。
「人はなぜ生きるのか」という問いに対する答えは、科学の世界ではとっくに明らかになっている。
「遺伝子を残すため」が答えであり、脳はそのために設計されているから、人の行動はそれで説明がつく。

以下、再び『「読まなくてもいい本」の読書案内』より引用。
まず、次の二つの質問を考えてほしい。

質問一 あなたには以下の二つの選択肢があります。どちらを選びますか。
選択肢A 一〇〇万円が無条件で与えられる。
選択肢B コインを投げ、表が出たら二〇〇万円が与えられるが、裏が出たら何も手に入らない。

質問二 あなたは二〇〇万円の借金を抱えています。そのとき、以下の二つの選択肢が提示されました。どちらを選びますか。
選択肢C 無条件で負債が一〇〇万円減額され、負債総額が一〇〇万円になる。
選択肢D コインを投げ、表が出たら負債が帳消しになるが、裏が出たら負債総額は変わらず二〇〇万円のまま。

 この実験はとてもかんたんなので、欧米だけでなく世界じゅうで行なわれているが、文化のちがいに関係なく、質問一では圧倒的に選択肢A(一〇〇万円が無条件で手に入る)を選ぶひとが多い。ところが選択肢Aを選んだほぼ全員が、質問二では選択肢D(コイン投げで表が出たら負債は帳消しになるが、裏が出たら借金はそのまま)を選択する。でもこれは、「合理的経済人」の行動としてはものすごくヘンなのだ。
(中略)
 ひとがこうした選好を持つ理由は、進化心理学で明快に説明できる。 進化適応環境(EEA)である石器時代には、そもそも「負債」などという概念はなかった。原始人が知っていたのは、獲得する(利益を得る)か、奪われるか(損をする)かの二者択一だ。そのうえ原始時代には、富を蓄える手段がほとんどなかった。獲得するものの多くは生の食料で、たくさんあっても腐らせるだけでほとんど役に立たなかった。大事なのは大量に獲得することではなく、確実に獲得することなのだ。
 それに対して、損をする=獲物を奪われることはただちに死を意味した。ぜったいに損をしないことが生存の条件で、万が一損をしたらただちに取り返さなければならない。そう考えれば、「生きる望み」のある選択肢Dが選好されるのは当然だ。
ぼくもやはりAとDを選んだ。
シンプルだが、明快で力強い考え方ではないだろうか。
こういうことを知らずにミクロ経済学を論じた本をいくら読んでも無駄だとわかるだろう。

はたまた、「正義」についての脳の研究。
 正義についてはむかしからあまたの思想家・哲学者がいろんなことを語ってきたが、現代の脳科学はここでもたった一行で正義を定義する。正義は娯楽(エンタテインメント)である。
(中略)
 復讐はもっとも純粋な正義の行使で、仇討ちの物語があらゆる社会で古来語り伝えられてきたように、それは人間の本質(ヒューマン・ユニヴァーサルズ)だ。そればかりか、「目には目を」というハンムラビ法典の掟はチンパンジーの社会にすら存在する(仕返しは認められるが、過剰な報復は禁じられている)。
 ひとはなぜこれほど正義に夢中になるのか。その秘密は、現代の脳科学によって解き明かされた。脳の画像を撮影すると、復讐や報復を考えるときに活性化する部位は、快楽を感じる部位ときわめて近いのだ。

人間が善行をするのも罪を犯すのも、すべては「脳が遺伝子を残すための設計になっているため」だ。
ほどほどに正義感を持ち、ほどほどに悪いことをする人間が遺伝子を残す上で有利であったため、そういう人間だけの世の中になった。
すべては遺伝子を残すための戦略だ。
その事実を知っているかどうかで、ものの見え方はまったくちがう。
「ゴミの排出を減らすには」「臓器提供者の割合を増やすには」「脱税をさせなくするには」といった問題に対する、進化行動学からの見事な解答も、この本では紹介されている。

最新の脳研究については、医学や薬学だけでなく、哲学や倫理学、心理学、経済学、政治学、法学、教育学なと、あらゆる学問に携わる人間が知っておくべきことだ。

古くて役に立たない考え方がわかるようになるし、なにより、新しい見方で世界をとらえられるようになるのはおもしろいことだから。




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