2015年8月16日日曜日

妻の熱と夫の行動 その2

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妻に続いて娘も高熱を出したので、妻を家に残し、娘を近くのクリニックに連れていった。

担当のお医者さんがびっくりするぐらい若くてきれいな女医先生だったので、ぼくはただちに
『妻が若い男をつくって出ていってしまい、幼い娘と残されたあわれな中年男』
を演じることにした。
美人先生の同情を誘うためである。

幸い、娘はただの風邪だった。
家に帰るとちょうどお昼どきだったので、昼ご飯はかんたんに済まそうと思い、うどんを二人前茹でた。
さあうどんを食おうと箸を手にした。
ふと、背後に人の気配を感じる。
振り向くと、後ろに妻が立っていた。
ぼくはたいへん驚いた。

なにに驚いたかって、なんとぼくはその瞬間、
自 分 に 妻 が い る こ と を 完 全 に 忘 れ て い た の だ 。

自分でも信じられないことだが『妻に逃げられた中年男』を演じているうちに、すっかり役に入りこんでしまい、ずっと前から娘と二人暮らしだったような気がしていたのだ。
 
千の仮面を持つ少女である北島マヤがはじめてベスの役を演じたとき、舞台が終わってからもしばらく自分がベスであるような感覚に陥っていた。
ベスの仮面を急には脱ぐことができなかったからだ。
ぼくの場合もちょうど同じで、役に入ったままになっていた。
おそろしい子!

結婚して3年以上経つにもかかわらず。
ぼくは病気で寝ている妻の存在を忘れ、まったく無意識に自分と娘の分だけのうどんを茹でていたのである。
己の行動にぞっとした。

そして、妻の分のうどんを茹でなかった夫に対して妻が与える刑罰を想像して、さらにもう一度ぞっとした。

 しかしすぐさま機転を利かせ、
「うどん茹でたから食べや。あ、いいよいいよ。
 ぼくは冷蔵庫の残り物でええから」
と『よくできた夫』の仮面を咄嗟にかぶってみせたのは、今シーズン最高のファインプレーといっていいだろう。


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